自分で運転するタクシー

発行:2011/12/20

概要

ドイツの自動車メーカーが新しいタイプの「カーシェアリング」を立ち上げた。クルマを取りに行ったり返却したりする場所が街の中ならどこでもいいという方式のため「自分で運転するタクシー」といえる。若者の車離れに対抗する新しいビジネスモデルだ。

M305-0012-1《訪問先はミュンヘンの街から電車では不便な場所にある。そこで、近い場所に止まっているクルマをインターネットで見つけて予約。その場所を目指して10分ほど歩くと白いBMW(写真左1)が見えた。これに乗って59分間走行し、無事目的地に到着。70分ほど話をして帰途に就く。ミュンヘンの中に入ると、妻の職場に近いことに気付く。そろそろ彼女の仕事が終わる時刻だ。駐車スペースを少し探して駐車。そこまで68分間運転した。そこでクルマを降り、彼女に電話して一緒に食事することになった》

この例にあるBMW利用者は、幾ら払わなければいけないのだろうか。走行時の料金は1分当たり29セント。この金額には保険料もガソリン代も含まれている。往復の走行時間=59+68=127分になり、127分×29セント=3,683セントで、36ユーロ83セントになる。訪問先で70分間話をしているときには、クルマは止まっていたので走行時とは別料金の1分当たり10セント。70分×10=700セント=7ユーロ。こうして払う金額は43ユーロ83セントで済む。1ユーロ=103円で計算すると約4,520円足らずになる。

これは、2011年4月からドイツのミュンヘン(人口約135万人)とベルリン(同約400万人)でBMWが開始したカーシェアリング・プロジェクト「ドライブ・ナウ」である。会員制で29ユーロの入会金を払わなければいけないが、支払うのは一度だけで、会費は不要。

今までのカーシェアリングとの大きな違いは、決められた場所へクルマを取りに行ったり、返したりはせず、ミュンヘンの定められた範囲内ならどこにでも置いていいこと。「定められた範囲」とは、行政区ミュンヘンより小さく旧市街よりはるかに大きく、重要地区は含まれている。ドイツ人はこのようなタイプのカーシェアリングを「自分で運転するタクシー」と感じるようだ。

フォルクスワーゲンも2011年11月16日から北ドイツザクセン州にある人口50万人の町ハノーバーで、似たようなカーシェアリング・サービス「クイッカー」を開始した。このために200台のゴルフ ブルーモーションが投入されている(写真左下2)。
最初の30分間が6ユーロで、その後1分当たりの走行料金は20セント。ガソリン代と保険料込み。市内に約50の中継地点が設けられ、そこへクルマを取りに行ったり返したりしなければならない。この点が街の中ならどこでもいいBMWと少し異なる。フォルクスワーゲンはこの中継地点を100にまで増加させると約束している。このくらいの数があれば、あまり歩かずにクルマに行き着けるだろう。

M305-0012-2

入会金は25ユーロ。入会すると、免許書にチップが張り付けられ、これで会員は自動車のドアの開け閉めをする(写真右上3)。この方式はBMWと似ている。また、フォルクスワーゲンは長距離走行をしてもあまり高くならないサービス「クイッカー・プラス」も設けている。

ドイツでこのタイプのカーシェアリングが始まったのは、2009年南ドイツにある人口約50万人の町ウルム。ダイムラーがカーシェアリング・サービス「car2go」をスタートさせた。200台の小型車スマートから始まり、現在は300台に及ぶ。このプロジェクトが街の中ならどこへ置いてもよいとする方式の始まりといえよう。

「car2go」は、今では同じくドイツのハンブルク、カナダのバンクーバー、米国テキサス州のオースティンなどでも導入された。また、米国カリフォルニア州サンディエゴとオランダのアムステルダムではスマートの電気自動車を利用。ダイムラーは今後、世界の50都市でこのカーシェアリング・プロジェクトを立ち上げる方針である。そして他のドイツ自動車メーカーもカーシェアリングに電気自動車の利用を計画している。

ドイツで「カーシェアリング」という英語を耳にするようになったのは1980年代後半だ。当時酸性雨によって国内の森が枯れることが心配され、自動車の数を減らすために環境派が「カーシェアリング」を実施した。このような事情から、多くの人々は、ドイツを代表する自動車メーカー同士の「カーシェアリング」攻勢に違和感を持つようだ。

なぜ伝統あるドイツ自動車メーカーがこのようなサービス業に手を出すのだろうか。それは、彼らが中長期的には自動車を造っているだけではやっていけないと思っているからだ。
下のグラフ4は18~29歳までの1,000人の男性のうち、何人が自動車を所有しているかを示す。2000年には半分以上の518人がマイカー族だったが、2010年には3分の1近くの344人まで減ってしまった。これは「若者の車離れ」として日本でもよく知られている現象である。

【自動車所有者数(18~29歳までの男性1,000人に対して)】 (単位:人)
M305-0012-3
【カーシェアリング利用者】 (単位:千人)
M305-0012-4

自動車を所有しないからといって運転をしないことにはならないようで、会員制のカーシェアリング利用者は上のグラフ5が示すように激増している。このような事情を考えれば、これからは今までのように自動車が売れない可能性がある以上、購入者だけに依存せず別の形で自動車による商売をしようという結論に至る。

「若者の車離れ」というと、維持費の上昇や若年層の収入低下といった経済的要因が指摘される。しかしそれ以上に重要な点は、自動車文化を支えてきた価値観が変わってしまったことだ。マイカー族世代にとって自動車はステータス・シンボルであり、憧れの対象であった。それに対し、多くの若者は自動車を機能的に捉え、単なる移動手段と見なしている。機能面を見れば、自動車は運転すれば自分の行きたい場所に到達できるので、この上なく便利な移動手段だ。しかし、バスや電車では不便な場所に行く機会があまりない人々にとって、自動車は所有する必要はなくシェアすれば済むものである。

この機能主義こそ、自動車そのものだけではなく「クルマの所有感」に購入意欲を感じてくれたマイカー族世代との大きな違いである。今や自動車メーカーは、シルバー世代になったマイカー族と付き合い、同時に「カーシェアリング」というサービス業者に変身しなければならないのかもしれない。

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1 BMW報道部提供
2 フォルクスワーゲン報道部提供
3 同上
4 2011年1月18日にFHDWのStefan Bratzel教授がヴォルフスブルクで行った講演「Das Auto aus Sicht der jungen Generation(若者から見た自動車)」を基に筆者作成
5 同上

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(2011年11月28日作成)