概要
ユーロ危機はまだ終わっていない。南欧を中心とした経済は低迷したままで、欧州統合に背を向ける人々が増加している。このため、フランスのマクロン大統領は欧州連合(EU)改革を提案したが、ドイツ側から見て役立つようには見えない。一方、ドイツの総選挙で欧州統合への批判的勢力が強くなったことは、メルケル首相が周辺国からの要求を断るのに役立つかもしれない。
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ユーロ危機の構造
ユーロ危機には二つの側面がある。その一つ目は過剰債務の問題で、多くの国で見られることである。二つ目は、共通通貨ユーロを持つことから生まれた加盟国間の不均衡問題である。この結果、経常収支がアンバランスになるだけでなく、競争力の格差が生まれた。ユーロ導入以前なら、自国の競争力が低くなったら自国通貨を切り下げることで対応できたが、それが不可能になった。よく出される例は、ギリシャがオランダで栽培されたトマトを輸入するようになったことで、自国のトマトの販売競争力が失われたという話である。言うまでもないが、現実には、過剰債務と競争力格差の問題は複雑に絡み合っている。
過剰債務については、リラ、エスクード、ドラクマ、ペセタといった南欧諸国の通貨は、ユーロ導入以前はインフレ気味で、そのリスク防止のために金利も高かった。1995年マドリード欧州理事会で、利子が低い上、何でも買えるハードカレンシー「ユーロ」の名称が決まる(ユーロの導入は1999年)。南欧諸国にとってこれは夢のような話で、財布のひもも緩むしかない。また、外部の投資家にとってこれらの国に対する投資リスクが低くなったのも同然で、これを機に投資ブームに沸き、北から南へ資金が流れた。
私事で恐縮であるが、筆者はユーロ導入後の2000年にバカンスでスペインのアリカンテへ行った。海岸の近くで、雨があまり降らずドイツ人が好みそうな場所であった。近くをドライブすると、丘に無数の住宅が途中まで建設されたままほったらかしになっていた。この丘ははげ山で、給水などのインフラ整備も高くなりそうであったため「バブル」という言葉が一瞬脳裏をかすめた。また当時レストランへ行くと、以前と比べて料金が高くなっているのも気になった。
その後、2007年の米国発金融危機を受け、南欧諸国に資金が流れ込まなくなる。人々が不安の連鎖反応でリスクに特に敏感になったからであるが、これはそれまでのバブルがはじけたことになる。ユーロ危機は最初の震源地がギリシャであったためにソブリン危機とも呼ばれるが、民間の債務過剰も深刻である。下の図表36はユーロ圏諸国のバランスシートに占める不良債権の割合を示す。2013年以降、アイルランド、スロベニア、スペインは不良債権を減らすことができたのに対して、キプロス、ギリシャ、ポルトガル、イタリアの4カ国では前進が見られないとされている。
【図表3:ユーロ圏諸国のバランスシートに占める不良債権の割合】
上記の数字を見ていてもぴんとこないのは、フランスに次ぐ経済大国イタリアの深刻度のためかもしれない。欧州連合(EU)全体の3分の1に相当する3,600億ユーロに及ぶ焦げ付き債権を抱えているとされている7。これはイタリアの国内総生産(GDP)の20%に相当する。2017年夏も二つの銀行が再建不能とされて破綻処理されたが、これは氷山の一角にすぎないと心配する人も多い8。焦げ付き債権が多いと、中央銀行がゼロ金利にしても資金が実体経済に回らないので、経済的停滞の原因になる。
次は国家の過剰債務であるが、欧州中央銀行(ECB)の量的緩和政策(QE)が実施されている。これは、2015年3月から2017年末まで毎月800億ユーロもしくは600億ユーロの割合で総額2兆3000億ユーロに及ぶ債券を購入するプログラムである。このうち1兆8000億ユーロはユーロ加盟国の国債の購入に充てられている。ただし、加盟国の中央銀行がそれぞれ自国の国債の購入を担当する仕組みになっている。
こうして国債も自国の中央銀行が持っている限り、返せとか利子を払えとか面倒なことは言われないので、問題は消えてしまったことになるのも同然といえる。だからといって、問題が解決したかどうかについて疑い持つ人は多い。
競争力の欠如
2番目の不均衡問題は、実体経済と関連するので知らん顔では済まされない。すでに述べたように、1995年ごろから2007年までの間にユーロ加盟周辺国で投資ブームからバブルになり、物価も賃金も上昇してこれらの国は競争力を失ってしまった。
【図表4:ユーロ圏諸国の物価の変遷(2008年9月=100)】
この事情を示すためによく引用されるのは、上の図表4の数字である9。資金の流入が始まった2008年9月のリーマンショック時を100にとして、1995年から2016年までのユーロ圏諸国の物価の変遷を表示したものである。バブルで上昇した物価がリーマンショック以降、それぞれマイナス7%、マイナス11%、マイナス1%といった具合に下がった。とはいっても、これらの加盟国が競争力を持つためには、米国のゴールドマン・サックスの計算によるともっと下がらなければいけない。その値がマイナス34%、マイナス30%、マイナス27%、マイナス11%である。
言うまでもなく、一度上がった収入を下げることなど選挙があって民意が尊重される国では実行困難である。共通通貨導入以前であれば、これらの国は自国通貨のレートを下げれば自国に競争力が生まれたし、外国からの製品もサービスも高くなって国民は買わなくなるので、自国経済も対抗できた。ところが、何でも買えることのできるハードカレンシーを手渡された以上、自国で抑制することなど本当に難しい。
欧州では古くから、共通通貨のレートの上げ下げのメカニズムの意味についてよく議論された。このメカニズムがなくなることは解決困難な問題らしく、1980年代後半の議論では「共通通貨は、政治や経済のいろいろな分野での統合が進展して、加盟国間の不均衡もなくなった統合過程の最後にその努力を報いるための冠とし実現される」ことになっていた。ということは、フランスのミッテラン首相とドイツのコール首相(いずれも当時)の共通通貨導入・合意は見切り発車だったことになる。そこでいろいろなルールをつくったが、守られなかった。
ドイツ・フランスの相違
最近のEU加盟国での選挙結果が示すように、英国だけでなくその他の国でも欧州統合に背を向ける人々が少なくない。このような潮流に直面して、EUならびにユーロ圏についていろいろな改革が提案されている。フランスのマクロン大統領のEU改革案もその一つである。彼が若くて、ドイツと並ぶ重要な加盟国の元首でスター的存在であるために、メディアからは「欧州に新たな息吹をもたらす」と注目される。
フランスのマクロン大統領の提案は、難民対策、共通の介入軍の創設、テロ対策、デジタル化での協力強化といった具合に多岐にわたる。ユーロ圏については、彼は(EU全体とは別に)固有の予算を設けて、それを管理する財務大臣を置くことを、さらにその活動を民主的にコントロールするためにユーロ圏だけの議会の創設までも提案している。ドイツ側は多くの場合、このような話を聞くと、フランスの政治指導者層の発想と自分たちの考え方の間に横たわる大きな相違を感じるという。
加盟国の不良債権の問題だが、該当国に担当する役所があるし、問題が国境を越える場合にはECBの所轄下になる。加盟国に競争力が欠けていたり、経済活動が不活発であったりすることも現場に近い具体的な問題で、ユーロ圏に大臣のポストを設けたり、予算を設けたりすることによって解決できることなどはドイツ側には想像できないようだ(冷戦時代のことだが、西ドイツのある政治家が、筆者に欧州統合はフランスの政治家の天下り先を確保するためにあるのだと語ったことがある)。
欧州統合のパートナーとしてのフランスは、多くのドイツ人の目には、中央集権が強く、グランゼコール出身のエリート行政官が仕切る国であると認識されている。国家が主導するという発想が強く、だからこそ、よく指摘されるように対GDPに占める国家支出はフランスでは約57%にも及ぶ。ちなみに、ドイツは44.3%、日本は36.82%、米国は35.23%だ10。このような国家尊重主義のためか、EUに、特にユーロ圏に国家的性格を付与したいという願望が強いようにも見える。
ユーロ圏の在り方について、昔からフランスや南欧の周辺諸国が期待するのは一つの国家に似た連帯責任体制になることで、その結果は、経済的に強者が弱者を支援しなければいけないということになる。フランスのマクロン大統領は大統領選挙中のインタビューで「ドイツはユーロ圏の不均衡を利用して貿易収支の巨大な黒字を実現している。これはドイツ経済にとってもユーロ圏経済にとってもよくない。この点で埋め合わせがないといけない」と語っている11。「もうけた以上、少しは出せ」という考えで、だからこそ、ユーロ圏の予算とか財務大臣とかいった発想になるようだ。
似たような話だが、マクロン大統領は社会福祉に関して、加盟国が失業保険を共同で給付することを提案している。このような提案もドイツ側を驚かせたようだ。というのは、フランスもドイツに次ぐ経済大国であるので自国も費用を負担することになる。ところが、欧州統合となると(理想に燃えるせいか)自国の負担金のことを忘れてしまうように見えるからだ。
ドイツは、加盟国が独立国家で自己責任を前提として共通通貨導入に賛成した。だからこそ、ユーロ圏を連帯責任体制にすることを拒み続けている。そのためにユーロ圏共同債の発行にも反対である。これがドイツの公式の立場であるが、2010年にギリシャ支援を行ってから、裏口から連帯責任体制が入り込んでしまったといわれる。
その一つの例は、ECBが危機に陥った加盟国に便宜を図るようになったことだ。この結果、筆者が「欧州の「打ち出の小づち」、ターゲット2問題について(2)」(2013年1月28日付掲載)の中で記したように、加盟国の中央銀行はユーロを発行できるので「打ち出の小づち」を手にしているのと同じことになった。ということは、問題は資金が南欧の周辺国に回らないことでなく、そこに投下されないで、ドイツなど北の国々に戻ってきて不動産や株に投下されてバブルを引き起こすことである。ということは「不均衡の埋め合わせをする」ために予算を設けるのも奇妙な話である。
ユーロ圏には「ターゲット2」と呼ばれる決済システムがあるが、現在、南欧周辺国に対するドイツの債権残高は8,500億ユーロにも及ぶ。この巨大な額はドイツから潤沢な資金が流れ込んでいることを意味する。同時にターゲット2の債権残高は「欧州の「打ち出の小づち」、ターゲット2問題について(2)」(2013年1月28日付掲載)で記したように、ターゲット2の債務残高のある加盟国がユーロ圏から脱退したら戻ってこないことでもある。ということは、ドイツは南欧周辺国からの要求に対して譲歩しなければいけない立場にあることになる。
この事情を考慮すると、ドイツではユーロ圏における連帯責任方式の拡大に批判的な自由民主党(FDP)と連立を組み、ユーロ救済に懐疑的なドイツのための選択肢(AfD)が議会にいることは、メルケル首相にとって南欧周辺国からの要求を断りやすい状況が生まれたという意味で頼もしいかもしれない。
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6 Bankenunion:Wie stabil sind Europas Banken?
http://www.delorsinstitut.de/2015/wp-content/uploads/2017/06/170627_JDI_Bankenunion_Web_A4_einzeln.pdf 4ページ
7 http://derstandard.at/2000040798352/Banken-ziehen-Italien-in-die-Tiefe
8 https://jp.reuters.com/article/eurozone-banks-italy-idJPL4N1K33RF
9 ifo研究所・前所長Hans-Werner Sinn – Die Fiskalpolitik der EZB – Wie geht es weiter in Europa?(2017年10月12日にミュンヘンで行われた講演)
10 https://de.statista.com/statistik/daten/studie/329446/umfrage/staatsquoten-in-industrie-und-schwellenlaendern/
11 https://www.morgenpost.de/politik/article210281479/So-denkt-Emmanuel-Macron-ueber-Deutschland-die-EU-und-Trump.html
M0304-0020-2
(2017年11月1日作成)