「28-1=27」で済まない-ドイツから見たブレグジット

  • 発行:2018/11/12    美濃口 坦

概要

ドイツでブレグジット(英国の欧州連合(EU)離脱)というと、経済的ダメージを受けるのは英国の方だと思っている人が多い。そうであるのは、残る加盟国は27カ国もあり、相手は1カ国だと思っているからである。また、英国の離脱はEUの在り方を根本的に変えてしまう。これに対処するのは容易ではない。

M0304-0023-1もうかなり前だが「ドイツ国民はブレグジット(英国の欧州連合(EU)離脱)は自分たちと関係がないと思っている」と嘆くフィナンシャル・タイムズの記事を目にしたことがある。もしかしたらEUで上の立場にいる人たちにも似た事情があるかもしれない。

ポーランド元首相で現在、欧州理事会議長のドナルド・トゥスク氏は、2018年9月にザルツブルクで開かれたEU首脳会議でメイ英首相にケーキを勧めた。そしてこの写真1に「残念ですが、サクランボはありませんよ」というコメントをつけてインスタグラムに投稿。英国はEUの利点を保持し、都合の悪いところは拒むと非難されている。このような「いいとこ取り」は、子どもがケーキで一番おいしいサクランボだけをつまみ食いするのに似ていて、メイ首相は欧州理事会議長からインスタグラムで茶化されたことになる。

このような冗談も普通なら面白いかもしれないが、英国メディアはEU首脳会議で自国の首相が四面楚歌(そか)の状態になり、さらにこのようにからかわれたことに対し感情的に反発する。同時に保守党内のブレグジット強硬派に対する彼女の立場が弱くなり、離脱協定が締結されないままの「ノーディール」になる可能性が高まったといわれる。

現在ドイツでは、長年暮らす英国人の中でドイツ国籍を取得する人が急増中である。また英国には300万人に及ぶEU加盟国市民が在住し、彼らこそブレグジットに至った「重要問題」であった。そのうちポーランド人は3分の1近くを占め、ブレグジットがどうなるかは、彼らにとっても気が気でないと想像される。でも、インスタグラム愛好者の元ポーランド首相には自国民の運命が気にならないようだ。これも彼がブリュッセルのEU本部にいて「雲の上の人」になってしまったからで、EU加盟国市民の中にEU嫌いが少なくないのも、このような事情と無関係ではない。

一度にEU加盟20カ国が脱退したら?
ブレグジットが重大な出来事であることをドイツ国民に理解してもらうために登場するのは下のグラフである。これはEU加盟国の国内総生産(GDP)がEU内で占める割合を示す。数字は2015年のもので、英国はドイツに次ぐ2番目の経済大国で18%を占める。ドイツからポーランドまでの上位8カ国を除いて、下位20カ国のGDPを合計するとほぼ18%になる。

【図表1】2
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ということは、経済的に見ると、ブレグジットは28カ国の加盟国で構成されるEUから20カ国が一斉に脱退することに相当する。でも多くの人々は28カ国のうち1カ国だけがいなくなると考えることにしていて、EUと英国の関係も「27対1」と思うようだ。ザルツブルクで開催されたEU首脳会議以来、メイ首相の提案がEU首脳陣から相手にされず、ドイツのメディアも政治家も「ノーディール」の離脱を心配するようになった。どのようにEUから離脱するにしても、EUより英国の経済的ダメージの方が大きいというのが通説で、いろいろなスタディーを目にすると、少なくとも短期的にはそうなると思われる。

だから「対岸の火事」扱いにして、本来内輪もめが多いEU加盟国がブレグジットに関しては英国に対し団結して強硬であるのは、英国のまねをする国が出てこないようにお仕置きを十分にしておこうと思っているからだといわれる。また同時に、川を越えて飛んでくる火の粉の数が27分の1になると高をくくっていることもある。以下にドイツの事情を挙げて、それが錯覚であることを説明する。

【図表2】3
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図表2は2017年のドイツの輸出先である。9%の米国がドイツにとって「一番の顧客」で、フランスの8%がそれに続く。英国はオランダと並んで7%で、ドイツのメルケル首相が重要視して毎年のように経済界の要人を引き連れて訪れる中国も7%であることを考えると、英国はドイツにとって本当に重要なパートナーであることが分かる。次に金額でいうと、これは2016年の数字であるが、商品の輸出額は年間約860億ユーロに及ぶ。これにサービスの輸出を加算すると1,160億ユーロで、ドイツのGDPの3.7%に相当する。

次に、図表3に示した英国の輸出先から分かるように、12%の米国が英国にとって「一番の顧客」であり、次はドイツの9%、フランスは6%にすぎない。

【図表3】4
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【図表4】5
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図表4の英国の輸入先を見てもドイツからの輸入が一番多いので、英国とドイツの交易が重要であることが分かる。英国とドイツの貿易収支はドイツの出超であるが、だからといって英国は文句を言うこともなくドイツの高いクルマを買ってくれるありがたい国である。自動車や機械工業の分野では、部品の相互供給も盛んだ。ここで数字こそ挙げないが、英国の場合は南欧周辺国より、ドイツだけでなく北欧の国々との交易の方がはるかに活発だ。

ということは、EU離脱協定が成立しないで「ノーディール」という形で英国がEUを離脱したら、ドイツを筆頭にこれらの北欧の国々は対英貿易の少ない南欧の周辺国より厄介な状態に陥る。それだけではなく、5%とか10%などといわれる世界貿易機関(WTO)ルールに従って関税を支払うことにもなる。これは該当するEU加盟国の企業にとって負担の増大である。ということは「対岸の火事」から飛んでくる火の粉は、どこの国にも均等の27分の1ということにはならない。

こうして増大した関税収入は、どこへ流れていくのだろうか。これは昔から決まっていて、EU加盟国が徴収コストとして4分の1を自国の収入としてキープし、残りの4分の3はEU本部に上納する。これは加盟国の国民総所得に基づいた支払金額と比べたら少ないが、それでもEUの重要な財源である。このように考えると、欧州理事会議長のサクランボの冗談も素直に受け取ることができないかもしれない。

これからのEU
このような経済的コストを考慮すると、英国の「ノーディール」離脱はドイツにとってもなるべく避けるべきことになる。だから英国もドイツに仲介的役割を期待していた。ところが今までのところ、ブレグジット交渉はフランスをはじめ南欧の周辺国やブリュッセルの欧州委員会のペースで進行し、ドイツはそれに流されるだけである。

そうであるのは、メルケル首相が抱える問題と無関係ではない。彼女は難民問題のために国内で批判されているが、これをかわすために、EU全体での解決という体裁を取りたい。これには南欧の周辺国の協力が必要であるが、こうして借りができると、彼女は自国や北欧の国々の立場を主張しにくくなるからである。

しかし「ノーディール」離脱になるかどうかは、比較的に短期的な問題である。英国がEUを離脱する結果、EU全体の在り方が変わり、厄介な状態に陥ることを長期的観点から心配する人がいる。EU加盟国の間にも経済や政治について異なった考え方がある。それは、ドイツ、英国、オランダ、オーストリア、フィンランド、バルト三国、デンマーク、スウェーデンなど市場経済を重視する国々の立場と、反対に経済的競争力が弱いために保護主義に傾くフランス、イタリア、スペインなどの地中海沿岸諸国の立場である。

前者のグループに属する英国はEU官僚機構に対する熱烈な批判国であり、大英帝国であったこともあって世界に開かれた国である。欧州統合が「内輪の親睦会」にとどまらずに現在のEUになったのも、またドイツが世界で通用する工業国家に発展できたのも、1973年に英国が当時の欧州経済共同体(EEC)に加盟したからだとドイツではよくいわれる。もともと英国の加盟は1960年代にドイツがフランスのシャルル・ド・ゴール大統領(当時)の不興を買うことを恐れずに願望し、1963年と1967年の英国の加盟申請もフランスの反対で実現しなかった。

後者のグループの地中海沿岸諸国は経済が元気でなく、国家介入主義的傾向が強く、欧州がこれらの国ばかりなら、ブリュッセルの官僚機構がもっと肥大化していたといわれる。ということは、欧州統合は市場経済派と国家介入派の間の妥協の上に乗っかってゆっくりと進行してきたことになる。このような妥協主義こそ欧州統合の重要な特徴だ。

EU理事会はEUの最も重要な決定機関であるが、ここでの評決の仕方も、多数決で少数派の見解を拒否するのでなく、妥協が実現する仕組みになっている。リスボン条約によってこの性格は弱まったといわれるが、それでも二重多数決方式である。そのため加盟国は前もって割り当てられた数の票を持っており、議案が可決するためには、その支持国側が55%以上の票数を確保しているだけでなく、支持国全ての人口がEU全体の65%以上を占めていなければいけない。

リスボン条約の時点では妥協主義がコンセンサスで、市場経済派加盟国は人口数では39%を、国家介入派諸国は38%を占めていて、拮抗(きっこう)するようになっていた。その結果、一方が多数決で他方の反対を押し切ることはなかった。ところが、英国のEU離脱によって前者が30%に減ってしまうのに対して、後者は42%に増大する。つまり、これからは、地中海沿岸諸国の方はいくらでも意思を通すことができ、妥協しなくてもよいことになる。ということは、ブレグジットは英国がEUから離脱して加盟国が27カ国になるだけの話ではない。

例えば、加盟国はこれまで独自に国債を発行したり、社会保障システムを運営したりしてきた。ところが、この加盟国の自己責任方式もブレグジットの結果、多数決で変更し、EU全体の共同債を発行したり、共同の失業保険を導入したりすることが可能になる。このような事情から、ブリュッセルのEU関係者やフランスのマクロン大統領がチャンス到来と思い、EUやユーロ圏の改革に色めき立った。

確実に言えるのは、欧州統合がこれまでとは全く別のものになるということである。というのは、欧州統合が妥協主義の基盤で進んできたのは、加盟国が主権国家であったからである。主権国家は「一国一城の主」のようなところがあり、下手に干渉して主権侵害と思われ脱退される危険性があったために慎重になり、また妥協主義になった。

国家は自身の権限が制約されることを望まない。制約を受け入れるとしたら、それを国民に納得させるために、見返りとしての利点が大きくなければいけなかった。だからブレグジット交渉が長引き、妥協にも時間がかかった。ということは、ブレグジットの結果、EUはこのような妥協主義から多数決で加盟国に何かを強制する方式に転換することになる。

次に、これまでのブレグジット交渉を眺めると、EUは「27対1」で相手を圧倒し、歩み寄ろうとする姿勢はほとんど見られない。こうであるのは、既に述べたように、英国のまねをする国が出てこないように「お仕置き」をしているからであるが、多数決方式で締め付けを強めるEUの未来を先取りしているからでもある。同時にこれも加盟国に対する教育効果を高めることにもなる。

これに関連して興味深いのは、欧州議会によって2018年9月に28加盟国で2万7000人を対象に実施された世論調査6である。それによると「自国がEU加盟により得をしている」と回答する人がEU全体で68%もいたことである。これは1983年の調査開始以来最も高い数字であるだけでなく、同年4月の調査より4%も上昇した。ブレクジット交渉でのEUの強硬な態度は報われたのかもしれない。

しかし締め付けが強くなった欧州同盟は、今後どのように展開していくのだろうか。上記の調査で「EUは間違った方向に進んでいる」と回答した人は全体で半数もいた。例えば、フランス59%、ドイツ52%、スロベニア52%、オーストリア45%といった具合で「正しい方向に進んでいる」と回答した人は全加盟国で28%しかいなかった。ということは、以前の妥協主義のブレーキが効かなくなり、EUが「間違った方向」にどんどん進んでいく可能性もあるということになる。

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1 https://www.instagram.com/p/Bn8Luwbjzf9/?hl=de
2 Hans-Werner Sinn: Der Schwarze Juni:Brexit, Flüchtlingswelle, Euro-Desaster – Wie die Neugründung Europas gelingtの39ページ
3 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
4 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
5 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
6 http://www.europarl.europa.eu/at-your-service/en/be-heard/eurobarometer/parlemeter-2018-taking-up-the-challenge
http://www.spiegel.de/politik/deutschland/europaeische-union-vier-von-fuenf-deutschen-sehen-mitgliedschaft-positiv-a-1233660.html
https://www.heise.de/tp/features/EU-Barometer-Die-Haelfte-glaubt-dass-sich-die-Union-in-die-falsche-Richtung-bewegt-4193605.html

M0304-0023
(2018年10月24日作成)

欧州 美濃口坦氏