燃え尽きそうなドイツ人 -2012年・ストレスリポート

発行:2013/02/20

概要

ドイツでは従業員に対する負担がどんどん大きくなり、燃え尽き症候群の症状を示す人が増加しているといわれる。2013年1月末にドイツ連邦労働安全衛生研究所から発表された「2012年・ストレスリポート」からこのストレスの正体に迫り、ドイツの職場の現状を探る。

 

ある日曜日のことだ。息子からの連絡を待っていた私がメールをチェックすると、見覚えのない名前の人からメールが来ている。一瞬誰かと思ったが、2日前に電話した相手であった。もうけにならない話なのに安息日に働かせてしまったと、私はすっかり恐縮した。そういえば、携帯電話やメールなどの普及により、職場と私生活の境界線が、また労働日と休日の区別がはっきりしなくなったという声がよく聞かれる。

1980年代や1990年代前半までのドイツを知る人には、このような話は今昔の感に堪えないかもしれない。当時この国の人は長々とバカンスを過ごし、金曜日は半ドン、月曜日も従業員が勢ぞろいしていない企業が多く、私は担当者がなかなかつかまらないためイライラしたことがある。
ところが今や、ドイツ人は働き者になった。それもかなり前からのことで、政治家、労働組合やメディアが、ドイツ人が職場のストレスで燃え尽き症候群になるのを心配するほどである。ドイツ連邦労働安全衛生研究所から「2012年・ストレスリポート」1が発表されたが、これは約1万8000人を対象にしたアンケート調査の結果で、このリポートを読むとドイツの職場の様子が分かって面白い。

タブーがなくなる
このリポートの発表記者会見で、ウルズラ・フォン・デア・ライエン労働・社会相は「心因性精神疾患による総欠勤日数が2011年には5,9000万日に達する。これは15年前と比べて80%の増大」2と心配する。確かに職場でのプレッシャーが強まったといわれ、メディアでもよく話題に上る。
漠然とこう思っている人々にとって根拠となるのは、例えば第1図3のデータである。これはドイツの企業疾病金庫(BKK)が発表した数字で、これを見ると、燃え尽き症候群で発生する病欠日数が増加していることが分かる。2004年に4.6日(全体)だったのが、2011年には86.9日(同)にまで増大。この調子で増加していくと、ドイツの人々が燃え尽きそうな感じがしないでもない。これは職場での「締め付け」が毎年厳しくなるためだとされ、ドイツのメディアもこのようなトーンで今回のストレスリポートを報道している。しかし、本当のところはどうなのだろうか。

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ドイツ経済は「欧州の「打ち出の小づち」、ターゲット2問題について(1)」(2013年1月21日付掲載記事)でも触れたが、一時は元気を失い、大量の失業者を生み出した。2005年には失業率は11.7%、失業者数は500万人に接近していたが、2007年を境に好転し、2011年の失業率は7.1%で失業者数は300万を切った4。失業は本人にとって精神的な負担となるため、失業率が高い年の方が心因性精神疾患の発生する割合がはるかに高いはずだ。ということは、失業者が4割も減ったという実体経済の出来事が欠勤日数グラフに反映されていいはずであるのに、実際はそうではない。

この矛盾は、有名なスポーツ選手が燃え尽き症候群などの精神疾患に悩まされる例がメディアで取り上げられるなど、社会的に心の病に対するタブーがなくなり、医者もそう診断するようになったからであると説明される。このような事情はドイツの職場でのストレスを考える上で気を付けなければならないことであり、まずこの点に留意してストレスリポートの数字を眺めてみる。

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第2図5が示すように「過去2年間にストレスが増大した」と答えた人は、失業者が多かった2005/2006年には50%もいたのが、失業者が減少した2011/2012年は43%にまで下がった。この数字を見ると、職場のストレスも実体経済の改善に応じて少しは軽減されたように見える。

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第3図6は、アンケート回答者の状況やステータスに関連してストレス増大につながりそうな項目を選んだ。ドイツ経済がどん底の状態にあった2005/2006年と比べて、現在は解雇や勤務先の経営状態を心配する人も、リストラ経験者も減少したことが分かる。これらも、現在の方がストレスが小さくなったと推定させるデータである。

ストレスの正体
とはいえ、ドイツの職場では43%の人々が働きながら「過去2年間にストレスが増大した」と感じている(第2図)。これは重大なことである。今回のストレスリポートの中でこれを考えるヒントになるのは、第4図7に示された回答である。

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まず、この図の下半分から分かるように、2005/2006年には95%の人たちが、また現在もほぼ同程度の96%が、自分の専門的知識と能力といった質的な面で課題を果たすことができると思っている。この点では、大きなストレスは発生しようがない。
彼らのストレスの原因は、図の上半分が示すように量的な側面にある。どこの国にもいろいろな人がいて、同じ仕事でも、時間をかけて行う人もいれば手早く片付けてしまう人もいる。ゆっくりと働く人がノルマを果たせないで限界を感じているのか、ノルマが大き過ぎるのか。あるいは与えられた時間が短か過ぎるのか、割り当てられる人員が少な過ぎるのか、特定はできないが、これ以上の負担に耐えられない人々が2005/2006年に17%もいて、2011/2012年には19%へと増えているのである。

第5図8では、職場で要求される項目を挙げて「しばしば要求されるか」また「それが負担になるか」という二つの質問をし、前者の質問に対し肯定した人の多い順に6位まで表示した。まず「いろいろな仕事を同時にする」がトップに来ているのは「ドイツのオフィス」(2012年11月8日付掲載記事)で記したように、ドイツ人が単一時的文化に属し「ながら族」が苦手なことと関係がある。職場で一番負担となっているのは「業績向上・期日順守の圧力」で、これは第4図の「量的負担過大」に対応している。ストレスの正体は、ここにあるのではないだろうか。

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1990年代の中ごろまで、ドイツ金属労働者組合が先頭に立って労働時間がどんどん短縮され、一部で週35時間労働が実現した。これは作業時間を短縮しながら作業量を落とさないようにするもので、以前より時間に追われて仕事をすることになる。そのため、現場に近い組合員の中には時短に反対する人がいて驚かされた。とはいえ、働く人々にとって当時は一つのことに心を奪われて時間に気を付けていれば済む話だった。

ところが、1990年代後半からリストラが本格的に開始され「フレキシビリティー」が要求されるようになり、人員がカットされてノルマが増大しただけでなく、今までしなかった仕事も自分でしなければいけなくなった。昔は秘書がたくさんいたが、今や本当に少なくなった。これもドイツの職場の変化を示す。
この結果、時間と競争して増大したノルマをこなすだけでなく「ながら族」のような仕事の進め方が苦手な人々も、雑用を含めていろいろなことをするようになり、てんてこ舞いしているのではないのか。この状況は、第5図に示されたように多くの人々が「仕事の途中で邪魔が入ること」や「とても早く仕事をする」といった要求に対して感じる負担、また「いろいろな仕事を同時にする」ことに覚える不満を反映しているように思われる。

ドイツの職場においてこのような傾向は次第に強まり、今や警戒水域に接近しているように見える。というのは、第6図9に示されるように、26%の人が「しばしば休憩しない」と、41%の人が「(家庭と)両立できない」と嘆いているからである。また、経営側から長年要求されてきた労働のフレキシビリティーも、この図を見る限り、ほぼ実現したことが分かる。

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上役の在り方の変化
ストレスを考える上で職場の人間関係は重要で、第7図10の回答も注目に値する。「職場は共同体」という回答は、職場の人間関係をビジネスライクに捉えるのではなく、仲間と思っていることを意味する。80%の人がこう感じているのは「同僚との良き協力関係」(88%)を維持し「同僚が助けてくれる」(80%)経験をしているからである。興味深いのは、上司から助けてもらった人が、同僚から助けてもらった人より約20%も少なく60%に及ばない点だ。
これは、上司と呼ばれる人々が一般従業員より高いストレスにさらされ、部下を助ける余裕がないためではないか。第2図で触れたように2011/2012年に「過去2年間にストレスが増大した」と回答した人は43%であったが、これは回答者全体に対する割合で、管理職だけを選ぶとその回答率は48%になる11

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ドイツの地区疾病金庫(AOK)に属する地区疾病金庫経済研究所(WIdO)が2011年に発表した2万8000人の従業員を対象にしたアンケート調査の結果によると、管理職に対するプレッシャーが強く、彼らは病気になる暇もないという。彼らの病欠日は年間4.8日、全体は17.8日であった。また回答者の54.5%が、上司から褒められたことがほとんどないそうだ12。このような事情から、上役が、部下のノルマが減るように計らってくれることなど期待できないとよくいわれる。とすると、職場という共同体で上司は浮き上がってしまっているということにならないか。

これは、ドイツの企業での上役の在り方が変わったからである。ミュンヘンのある大手企業に長年勤務し、最近定年になった知人が職場での上役の変化をサッカーに例えて説明してくれた。選手が能力を発揮できるようにするのが監督の仕事であるが、どういうわけか、監督もプレーヤーの1人としてグラウンドを駆けずり回り、ゴールしたりパスしたりするようになった。彼の見解によると、似たようなことがドイツの多くの組織で起こっているのだという。こうなると上役も部下と同じで「一番熱心に働く平社員」にすぎない。

このような変化は、多くの企業でチームワークが重要視され、プロジェクトという言葉が多発されたり、縦でなく横の関係が強調されたりするようになったことと関係がある。また「フラットな組織」という言葉でこの事情を説明する人も多い。この変化もかなり前から進行しているものだが、頭の方がついていけないようだ。例えば、上司にもっと褒めてほしいという願望は縦型・階層型の組織特有の期待感で、これを捨て切れないでいるからである。こう考えると、現在のドイツの職場の高いストレスも過渡期特有の現象といえるのかもしれない。

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1 http://www.baua.de/de/Publikationen/Fachbeitraege/Gd68.pdf?__blob=publicationFile&v=4
2 ドイツ連邦経済労働省ウェブサイトhttp://www.bmas.de/DE/Service/Presse/Pressemitteilungen/psychische-gesundheit-veranstaltung-2013-01-29.html
3 http://www.bkk-herkules.de/pdf/faktenspiegel/BKK_FS_September_2011_Gesundheitsreport.pdf の4ページ
4 失業率などはドイツ連邦統計局のウェブサイトhttps://www.destatis.de/DE/ZahlenFakten/Indikatoren/LangeReihen/Arbeitsmarkt/lrarb001.html
5 ストレスリポートの84ページ
6 同上62ページ
7 同上85ページ
8 同上35ページ
9 ストレスリポートの50ページ
10 同上77ページ
11 同上88ページ
12 http://www.zeit.de/karriere/beruf/2011-08/fehlzeiten-report-gesundheit

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(2013年2月7日作成)