ドイツの就職人気ランキング

発行:2014/06/11

概要

2014年発表されたドイツの就職人気ランキングでは自動車メーカーが圧倒的に強く、上位をほぼ独占している。その理由は、ドイツ自動車メーカーのプレミアムカーでの大成功や「雇用主ブランド」の確立などさまざまな要因がある。ドイツと日本の就職人気ランキングを比較すると、その性格や就職に対する目的、考え方などかなり異なる様相がうかがえる。

********************************************************************************

日本では、昔から卒業予定の学生を対象に人気のある就職先企業のランキングが発表されている。筆者は長年、そのようなランキングはドイツにはないと思っていた。ところが、数年前にたまたま日本と同様のランキングリストがあることを知って驚いた。

それは「卒業生バロメーター」1と「エンプロイヤー・ランキング」2と呼ばれる二つのランキングで、マスコミでも盛んに取り上げられている。前者はベルリンにあるトレンデンス研究所が、後者はスウェーデンのユニバーサム社がそれぞれ100校以上の大学で卒業を間近に控えた3万人余りの学生を対象としたアンケートを基に作成したものだ。どちらも人材に特化した国際的コンサルティング会社で、欧米・アジア諸国でも就職人気ランキングを作成している。

ランキングリストの特徴としては、日本では文科系・理科系が区別されるだけであるのに対し、ドイツでは専攻分野の数が多いため、ランキングも専攻分野ごとで出されている。従って、ランキングの総合順位に大きな意味が置かれていない。また、本社がドイツにない企業だからといって、外資系として特別扱いされることもない。

トレンデンス研究所とユニバーサム社のいずれも、経済・経営学部などのビジネス系、工学部などのエンジニア系、計算機科学部などのIT系の3分野で就職人気ランキングを作成している。なお、(生物や化学などの)自然科学と人文科学専攻の学生についてはユニバーサム社のみが、法学部の学生についてはトレンデンス研究所だけが扱っている。

学生に圧倒的人気の自動車業界
下表は、トレンデンス研究所の2014年度「卒業生バロメーター」から上位10位までの結果を抽出し、筆者が作成したものである。実際の表は100位までのランキングリストで、2013年9月~2014年2月の期間に経済・経営学部(ビジネス)、工学部、計算機科学部(IT)の学生を対象としたアンケートに基づき作成・発表されている。ちなみに、IT部門7位のブリザード・エンターテインメント社はPCゲームで有名な企業であり、同10位のフラウンホーファー協会はドイツを代表する研究機関だ。企業名の後のかっこ内に記した数字は、2013年の順位である。

【表 卒業生バロメーター(2014年度)】
M305-0029

この結果を見て、さらにビジネス部門8位のロバート・ボッシュ社も電装メーカーであることを考慮すると、ドイツの自動車業界は学生に圧倒的な人気があることが分かる。

この印象はユニバーサム社の2014年の「エンプロイヤー・ランキング」を見ると、さらに強まる。というのは、ビジネス系学生の間での人気就職先は、1位がアウディ、2位がBMW、3位がポルシェ、4位がフォルクスワーゲン、5位がグーグル、6位がダイムラーと続き、また工学部の学生の人気企業も、1位がアウディ、2位がBMW、3位がポルシェ、4位がフォルクスワーゲン、5位がダイムラー、6位がシーメンス、7位がルフトハンザという順位で、自動車メーカーが上位をほぼ独占する。

ドイツのマスコミは、このランキングの結果から、自動車メーカーの強い存在感を話題にした。しかし、昔から自動車メーカーは憧れの職場で、その多くがベストテンに名前を連ねていた。とはいっても、以前はこれほど自動車メーカー一色ではなかった。例えば、2006年に行われたトレンデンス研究所のビジネス部門のランキングでは、1位がBMW、2位がポルシェ、8位がアウディ、10位がダイムラーであり、フォルクスワーゲンとなると28位で、自動車メーカーの間に別の分野の企業が多数存在していたのだ。

自動車業界の人気が高い理由
この自動車業界人気の理由は、以前ベストテンの常連だった銀行や電力の大手がユーロ危機や不透明なエネルギー転換政策などにより、学生から敬遠されたからである。以前はビジネス系学生に人気のあったマッキンゼー・アンド・カンパニーなどのコンサルティング会社も、現在はベストテン圏外だ。また、ドイツのプレミアムカーが、格差の広がりつつあるグローバル社会で大成功を収めていることも自動車業界への人気に拍車を掛けている。現に、プレミアムカー・タイプの自動車におけるドイツメーカーの世界市場シェアは実に80%を占めているのだ。

以前はIT系学生の人気就職先というとマイクロソフト、SAP、シーメンスなどが主流であった。ところが、トレンデンス研究所の「卒業生バロメーター」(2014年度)が示すように、BMWが3位に、アウディが5位に入っている。ユニバーサム社の「エンプロイヤー・ランキング」でもアウディが4位に、BMWが7位に、ポルシェが8位に位置している。フォルクスワーゲンやダイムラーも10~15位の間に位置している。

上記の結果を見ると、IT系学生は自動車業界で今後重要な発展が起こる可能性が高いという考えを持っていることが推測される。2014年のジュネーブモーターショーにおいて、フォルクスワーゲンのマルティン・ヴィンターコルン会長は「これからの自動車は動くコンピューター」と発言した3。このビジョンは「自動車のネットワーク化」と呼ばれ、実現すれば自動車が走り出した途端にインターネットにつながり、自動的にオンラインで情報を受信・発信する。それにより渋滞に巻き込まれずに目的地に到着するだけでなく、走行中にメールを読んだり返事を書いたりすることが可能になるそうだ。

今や、自動車のネットワーク化に関連するニュースが毎日のように報道されている。実際に2013年の暮れ、BMWで働きながら大学で勉強するデュアルスタディーの男子学生を紹介してもらった。それによると、彼もIT系の学部で、自動走行システム開発に取り組んでいると熱心に説明してくれたが、よく理解できず恐縮した。

就職に何を求めるか、ドイツと日本の学生の違い
ところで、ドイツの大学生はどのような観点から職場の魅力を評価しているのであろうか。アンケート回答を分析したユニバーサム社によると4、大学生たちは下記の5項目を条件として求めているという。
1)魅力的な基本給
2)職場の雰囲気がいいこと
3)安定した雇用
4)収入が今低くても将来高くなる可能性があること
5)仕事の内容が多様であること

また就職に当たって、彼らは次のような長期的目標を持っている。
1)仕事と私生活のバランス(これは家族や友人との関係が重要で、仕事中心の生活にはなりたくないとの考え)
2)安定しているだけでなく、一生取り組むことができる仕事
3)知的刺激のある仕事
4)序列が上だというだけでなく、時にはリーダーシップを発揮できる管理職
5)(言われたことをやるだけでなく、)起業家精神や創造性が必要とされる仕事

現在、大学卒業後に就職している若者の多くは「少子高齢化」という言葉を聞いて育った世代で、社会で自分たちが必要とされているという意識が強過ぎるといわれる。そのため、このような彼らの職場観に違和感を覚える人もいるようだ5。しかし、内容を見る限り、特に新しいことを彼らが言っているわけでない。例えば上記「仕事と私生活のバランス」であるが、これは、上昇志向が強く出世を望むごく少数の人々を別にすると、大多数の人々にとっても以前から重要な事柄であった。だからこそ、ドイツの大企業では単身赴任や転勤は避けられる傾向にあったのである。

一方、トレンデンス研究所によると、2014年度「卒業生バロメーター」と関連して、多くの学生ができるだけ卒業大学の近くで就職する願望を抱いていると解説している6。また、アンケート回答者の平均年齢は25歳であるが、ドイツでは、ほぼこの年齢までには友人や家族との私的人間関係の形成が終了している。ということは「仕事と私生活のバランス」を重視する学生が見知らぬ町でなく、近くで就職したいと思うのも当然である。

「ドイツにもある「就活」」(2014年2月12日付掲載)で指摘したように、多くの学生は大学の近くの企業でインターンシップを経験し、卒業時の就職先はほぼ内定していることが多い。とすると、北ドイツのハンブルク大学の学生がアンケートで800キロメートルも離れたミュンヘンのBMWを「希望就職先」と回答し、また仮に就職できることになったとしても、現実には面倒な引っ越しなどしない可能性が強い。学生の就職先がこれらのような要因によって決まる以上、ドイツの学生がランキングで上位に位置する企業へ就職するためにがんばろうとする状況は、実際には想像しにくいといえるだろう。

反対に、日本の大学生は一流大学の入学試験に合格しようとするように、人気企業ランキングの上位企業の内定を得て、働こうと考える傾向が強いのではないだろうか。日本では、昔から入学試験の難易度による大学のランキングがあるが、それと同様に就職先のランキングリストが存在するように想像される。

雇用主ブランド
ドイツと日本の就職人気ランキングを比べると、その性格はかなり異なる。ドイツでは学生はアンケートへ回答するだけの存在で、むしろ重点は企業というものに置かれているように思われる。ランキングと関連してよく登場する「雇用主ブランド」という言葉も、この推定を裏付ける。これは、企業には商品に関してだけでなく、雇用主としてのブランドも重要だとする考え方で、企業価値の議論が盛んであった1990年代後半にドイツに入ってきた概念である。この概念によれば、ブランドという以上「あの会社は給料が良い」といった評判やイメージの問題ではなく、企業戦略として雇用主のブランドを育てることが目的となるのである。

トレンデンス研究所のアンネカトリン・ブール氏によると「卒業生バロメーター」が1999年に始まったころ、ドイツでは雇用主としての企業ブランドなど、ほとんど知られていなかった。ところが、その後ドイツでは専門能力を持つ人材不足が懸念されるようになった。「これが追い風になって、優秀な従業員を確保するために、よりプロフェッショナルな雇用主のブランド化の必要が企業にも理解されるようになった」とブール氏は解説した。ドイツでは就職人気ランキングは21世紀になってやっと普及するようになったが、ランキングは企業ブランド化作戦の展開のための重要な指標なのだ。

雇用主ブランドは優れた人材を集めるのに役立つだけでなく、従業員が自社に対して「自分たちの職場である」という意識を持ちモチベーションを高める効果を発揮し、企業価値の重要な要素でもある。また労働組合にとっても、雇用主が学生の評判を気にして労働条件を改善するのであるならば、ストライキを行わないで済むというメリットも結果的にもたらされるといえるだろう。

*******************************************
1 https://www.deutschlands100.de/deutschlands-100/trendence-graduate-barometer.html
2 http://universumglobal.com/ideal-employer-rankings/student-surveys/germany/
3 http://www.n-tv.de/mediathek/videos/auto/Auto-wird-ein-mobiler-Computer-werden-article12387906.html
4 http://universumglobal.com/2014/04/deutschlands-top-100-ideal-employers-2014/
5 http://www.wiwo.de/erfolg/jobsuche/arbeitgeber-ranking-2014-deutschlands-beliebteste-arbeitgeber-seite-all/9803076-all.html
6 http://www.spiegel.de/karriere/berufsstart/beliebte-arbeitgeber-absolventen-fahren-auf-autokonzerne-ab-a-965486.html

M305-0029
(2014年6月3日作成)