クルマを減量するための戦い発行

2011/12/12

概要

二酸化炭素排出規制をクリアするため、ドイツのメーカーにとって自動車を軽くすることは重要な課題である。BMWとフォルクスワーゲンは炭素繊維強化樹脂(CFRP)を用いて軽量化を実現しようと、CFRP生産会社との提携に乗り出した。

M305-0011-1ゴルフがフォルクスワーゲン社から売り出されたのは、1970年代の中ごろだった。当時私は、このクルマが「カブトムシ(同社の自動車の愛称)」の後継で、小型の大衆車というイメージを持っていた。重量も当時はまだ800キログラム以下だった。ところが、現在発売されているゴルフは、いろいろなモデルがあって単純には比較できないものの、体格(幅と長さ)がすっかりよくなり、重量1,400キログラム以上のものもある。
自動車が重くなったのは、車体が大きくなっただけでなく、エアバッグなど安全性向上のためのいろいろな装置やエアコン、カーナビなどが付いて高級車に変貌し、乗り心地も良くなったからである。

欧州では2015年から、自動車メーカーはその平均CO2排出量を1キロメートル当たり130グラムに減らすことが義務付けられる。普通自動車は100キログラム軽くなると、100キロメートル走行に要する燃料を半リットル節約できるが、電気自動車が100キロメートル走るためには、約250キログラムの重たいリチウムイオン二次電池を搭載しなければいけない。こうして重くなった以上、別の場所で軽くするしかないのだ。

重い高級車が多いドイツの自動車業界が最も頭を悩ましている課題は減量である。従ってドイツの自動車メーカーは、減量効果があるエンジン・ダウンサイジング(エンジンの吸入空気量を強制的に増やし、代わりに排気量を小さくすること)に熱心に取り組んでいる。また、軽量化のため、アルミニウムやマグネシウムの使用、新しい合金、新素材の活用を模索している。

現在ドイツでは、アルミニウムより約30%、鋼鉄より約50%軽いという長所を持つ新素材、炭素繊維強化樹脂(CFRP)が注目されている。国内の代表的自動車メーカー、フォルクスワーゲンとBMWがこの素材を扱うメーカーであるSGLカーボン(写真上1)の株式取得をめぐって激しい鞘当てをしたからだ。

2009年に、BMW大株主として知られるクヴァント家出身スザンネ・クラッテンがSGLカーボン社の株式20%を取得して話題を呼ぶ。その後、BMWとSGLカーボンは、BMWが競争力を強化するための車両コンセプト「メガシティ・ビークル」の立ち上げを発表した。2013年から世界に先駆けて炭素繊維強化樹脂を使った電気自動車の量産体制に入ることを目標にしている。これは極めて画期的な注目すべきプロジェクトである。

M305-0011-2同プロジェクトでは、電気自動車の軽量化のために炭素繊維強化樹脂を利用する。そのため、まずは米国ワシントン州のモーゼスレイクに2010年炭素繊維製造工場が竣工(しゅんこう)した。この場所を選んだのは、水力発電の電力利用が可能で、多くの電力量を必要とする炭素繊維製造の二酸化炭素バランスシートを改善するのに役立つからだ。次に、ドイツ国内のヴァッカースドルフとランツフートに新たな工場を設け、炭素繊維を織布にし、それをボディー・コンポーネントに加工して電気自動車メガシティ・ビークルに組み入れる。左の写真はその小型モデル「i3」2である。

そんな中、フォルクスワーゲンは2011年2月SGLカーボンの株式10%取得を発表した。対してクラッテンが9%買い増しし保有株式を29%にする。さらに同年11月18日、BMWが15~16%の株式を取得することを発表した。こうしてフォルクスワーゲンとBMWによるSGLカーボン争奪戦は、クラッテン・BMW連合軍が44%の株式を保有することによって勝負がついたとみられている。

【炭素繊維生産能力】 (単位:千トン)
M305-0011-3

上のグラフ3から分かるように、欧州でこの新素材を生産できる会社は、ドイツのヴィースバーデンに本社を置くSGLカーボン以外にない。そのため、このような争奪戦になったのである。生産国は日米独と台湾が中心で中でも日本勢が圧倒的に強く、東レ、東邦テナックス、三菱レイヨンが世界市場シェアの70%を占めるといわれる。日本でも報道されているように4、ダイムラーは軽量化のパートナーとして東レを選んだ。

コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーによると、炭素繊維の世界需要は現在3万5000トンであるが、10年後には20万トンに増大するという5。しかし、この素材に対する自動車業界の思い入れに懐疑的な人もいる。
その理由としてまず挙げられるのは、現状では鉄の10倍から50倍のコストが掛かることである。自動車は鉄を使うことを前提に設計されているので、生産ラインを大幅に改造しなければならないことも、コストの負担をより大きくしている。
もちろん、コストの問題は生産量が増えれば解決に向かうであろう。しかし、さらに問題となるのはこの素材の加工・処理が難しく、高度の生産技術・工程管理が必要とされることである。ドイツの自動車メーカーが身近にパートナーを求めたのも、自動車メーカーと素材メーカーが高いレベルで協力することが必要になるからだ。

素材の性質についても課題が残る。この素材は、ぶつかって少しへこんだとしても直すことができないといったように、修理という概念を受け入れにくい。有限なものを使い続けるという「持続可能性」の精神にふさわしくないのだ。また、衝撃を受けた場合、多数の破片に割れて壊れることがあるが、そうならずにひびができる場合もあるという。そうすると、肉眼では見えないため超音波測定器を用いないと安全性を確認できない。これもこの素材の厄介な点といえる。

このような事情を考慮し、一つの新素材を軽量化の「救世主」として扱うのでなく、部品ごとに軽量で適切な素材を見つけることが重要である。製造現場に近い視点に立ち、よりきめの細かい軽量化を奨励する専門家も少なくない6

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1 SGLカーボン社提供。
2 BMW社の提供。
3 数字は2010年のもので、SGL社より提供。
4 http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110212/biz11021218010006-n1.htm
5 ドイツ週刊誌「Der Spiegel」2011年10月17日、42号、88ページに掲載。
6 例えば、ダルムシュタット大学のアドレアス・ビューター教授の見解。
http://www.ftd.de/unternehmen/industrie/:neue-werkstoffe-industrie-sucht-harten-steifen-und-billigen-alleskoenner/60057776.html

M305-0011
(2011年11月25日作成)