投稿者「admin」のアーカイブ

民主主義国が、なぜ スノーデンの独白に刻まれた葛藤

Bestsellers 世界の書店から 2019.12.01

田辺拓也撮影

『Permanent Record』の著者エドワード・スノーデンは、2013年に米国家安全保障局(NSA)による違法な個人情報の大量収集を世界に向けて告発し、ロシアに亡命した。本書に新しいリークがないのを難ずる書評もあるが、ドイツで発売以来売れているのは、ナチスの反省から独裁国から逃げてくる人の庇護(ひご)を国是とする自国が、米国には遠慮して著者に関わろうとしないことに釈然としない人が多いからではないか。

本書は、日本人の筆者にとっては特に感慨深い。というのは、米国が始めたイラク戦争に賛成し、「得意のコンピューター技能でお国のためになりたい」と思っていた彼の人生に転機が訪れたのは、日本の米軍横田基地にあるNSAで働いていた時だったからだ。

ある日、スノーデンは米政府の諜報(ちょうほう)関係者を前に、中国のサイバー能力について話すことになり、準備のために自国の諜報関係者が作成した文献を読む。彼は一党独裁の中国が10億以上の国民全員の個人データを集め、私生活を完璧に掌握していることに驚く。

同時に、米国が中国の監視体制の技術的詳細を心得ているのが気になる。米国も似たことをしているからではないのか。この疑いが脳裏をかすめ、「中国が映っていた鏡の中に一瞬、米国が現れる気がした」という。米国は民主主義の国だと自分に言い聞かせるが、やがてシステム管理担当の彼は関連書類に目が向く。

9.11テロの直後、米国は大統領令で、その後は立法化して、米国と外国の間のメールや通話、ネット閲覧記録などの個人情報を収集していた。スノーデンがさらに見つけた超極秘報告書によると、暗号名「ステラウィンド」という監視プログラムが存在し、自国民の個人情報のすべてを令状なしで集め、本書のタイトルにあるように永続的に残していた。 日々進化を続けている「リチウムイオン電池」は小型化によりウェアラブル端末や小型センサーの電源などIoTの分野でも実用化の幅が広がる SPONSORED CONTENT 三菱商事

祖国は憲法を犯し、ジョージ・オーウェルの『1984年』に登場する、「ビッグブラザー」が国民一人一人を監視する国に変わっていたのだ。これを知ったスノーデンは、何カ月間も虚脱状態に陥ったという。

彼によると、内部告発は護憲のため。だからこそ本書は、米憲法記念日の9月17日に出版された。

■木にだって感覚がある

『Das geheime Band zwischen Mensch und Natur(人間と自然の秘められた絆)』

著者ペーター・ヴォールレーベンは、森林管理者である。数年前に、森についての彼の本を読んで面白かったので「世界の書店から」で取り上げた。その後、彼の新刊は出るたびに世界的ベストセラーになり、今では日本語でも何点か読める。本書を読んで、なぜ著者に共感する人だけでなく、反発する人もいるのかがよく理解できた。

例えば、著者には、木食い虫に襲われたモミの木が痛みを感じているように思われる。そう書くと多くの林学関係者からバカにされそうだ。だが本書に登場するボン大学教授の神経生物学者によると、鎮痛物質を分泌する木もある以上、痛覚があると思っても不思議でないことになる。とすると、著者を奇妙に思う人は、植物と動物とはまったく別のものと考えたいのではないのだろうか。

著者は次に、私たちが人間の聴覚、臭覚、視覚、触覚などが退化していると思い込んでいる点に疑問を呈する。著者は、獲物を探して地面を嗅ぐ犬と、立って歩きその必要がない人間の臭覚を比べることが奇妙だと主張する。私たちがあえてこう考えたがるのは、人間を他の動物と比べて別格だと思いたいからではないのか。

このように、いろいろな疑問を抱く著者は、新聞社の仲介で、植物を研究テーマにするイタリア人哲学者エマヌエーレ・コッチャと対談する。コッチャは、人間が、旧約聖書の創世記で、神によって動植物の後から環境(万物)を従わせて支配するために創造されることから、人々が今でもこのキリスト教的な「ランキング意識」に支配されていると批判する。自分と似たことを考える人がいることに著者はうれしくなる。

「自然保護」とは、人間が自滅しないために自分自身を保護することである――。このことを理解するには、人間も植物や動物の仲間で、自然の一部だと考える方が望ましいと著者は説いている。

■現実の認識を阻む色眼鏡

『Realitätsschock』

「衝撃的現実」という意味だ。コラムニストでもある著者ザッシャ・ローボは、私たちが常識を超えた現実に困惑させられることが増えていると指摘する。著者によると、現実が急に「衝撃的」に映るのは、私たちが「20世紀のメガネ」を通して現実に接するからだ。本書ではいろいろな事例をあげてこの事情を説明する。

例えば、スウェーデン人の環境活動家グレタ・トゥンベリの「未来のための金曜日」運動。彼女が政府に環境対策を要求し、毎週金曜に学校の授業をボイコットしたことが、世界各地に広がった。

地球温暖化など昔からいわれていたし、問題が報道されても、多くの人にとっては遠い国の話や、ずっと先のこと。人々は「いつか、何か」しなければと思うだけで済ませてきた。ところが、この数年来、欧州でも猛暑や干ばつ、集中豪雨などの異常気象で、危機が身近になっていた。ここでトゥーンベリら子供たちの抗議運動が始まり、ソーシャルメディアで広がる。その結果、気候変動は自分たちだけが逃れられる問題でなくなる。この意識の変化は世論調査が示す通りである。

次に、アフリカから欧州への難民問題だ。彼らの必需品は「一に水、二にスマホ、三が食料」といわれるように、21世紀の現象である。ところが、ドイツ社会の方は20世紀のままで、家を追われた90%以上の人が出身国内やその隣国で暮らしていることや、欧州にたどり着く人々がごく一部にすぎず、途中で何十万人もの人々が略奪や暴行、虐待などの悲惨な目に遭うこともろくに知らない。漠然と、出身国が破綻(はたん)していると思っているだけで、なぜ彼らが命がけで欧州に逃れようとするのか、その原因に関心がない。これは、ドイツ人とって重要なのが、自国が難民を受け入れるべきかどうかという一点だからだ。

このようにしか現実を見られない自国民に不満を抱く著者は、難民を出す国の機能不全を植民地主義と関連させて説明する。欧州諸国は、植民地独立後も既得権を保持する体制をつくり、その維持のためには収賄や武器の輸出も辞さない。住民からみたら支配者の肌の色が変わっただけというわけだ。またアフリカには欧州連合(EU)からの補助金で低価格の農産物が輸出され、現地の農業を崩壊させていることも指摘する。

著者のいう「20世紀のメガネ」とは、自国や欧州中心の慣れ親しんだ認識の枠を指し、その外の現実が視界に入ってこない状態を著者は問題視しているのだ。

ドイツのベストセラー(ノンフィクション部門)

10月19日付Der Spiegel誌より

『 』内の書名は邦題(出版社)

1 Permanent Record

『スノーデン 独白 消せない記録』(河出書房新社)

Edward Snowden エドワード・スノーデン

著名な内部告発者の自伝。本人から聞くと動機がよく分かる。

2 Der Ernährungskompass

Bas Kast バス・カスト

健康な食事を求めた科学ジャーナリストがその研究成果を発表。

3 Das geheime Band zwischen Mensch und Natur

Peter Wohlleben ペーター・ヴォールレーベン

森林管理者が人間も他の生物と同じように自然の一部だと説く。

4 Kurze Antworten auf große Fragen

Stephen Hawking スティーブン・ホーキング

著名物理学者が神の存在をはじめ10の難問に簡潔に答える。

5 Deutschland verdummt

Michael Winterhoff ミヒャエル・ウィンターホフ

児童精神科医がドイツの教育の危機を厳しく指摘する。

6 Herbstbunt

Thomas Gottschalk トーマス・ゴッチャルク

一世風靡(ふうび)したテレビ司会者にとって年を取ることの意味とは。

7 Realitätsschock

Sascha Lobo ザッシャ・ローボ

世の中の変化についていけない人々のための時事論。

8 Thees Uhlmann über Die Toten Hosen

Thees Uhlmann テース・ウールマン

歌手で随筆家の著者が伝説的ポップバンドについて語る。

9 Du wurdest in den Sternen geschrieben

Bahar Yilmaz バハル・ユルマズ

自分を知るために著者の内面世界への旅に同行する。

10 Becoming

Michelle Obama ミシェル・オバマ

オバマ元米大統領夫人による回想録。

美濃口坦

美濃口坦の記事一覧へ

長年気になっていたこと 

 ヴォールレーベンや、イタリア人のコッチャは人間と他の動物の相違だけでなく、動物と植物の違うことを強調する考え方の根底に何かキリスト教的な世界像を感じています。これによると、一番上に(一神教の)神がいて、その下にその神が自分に似せてつくった人間が、その下に人間ではない動物が来て、一番下に動くことができず、空間に従うしかない植物が来ます。

 正直いって、私も、西洋人がこのような世界像を抱いていると漠然と感じてきました。この世界像は彼らには吐いたり吸ったりする空気のように自明で、そのためにこの枠で現実を眺めていることが意識されません。また彼らが本のなかで自分自身がそのように現実を見ていると書いたりしていません。どちらかというと、話したり、特に植民地主義について議論したりしているときに、感じられることです。また欧州以外の地域についての報道を読んでいるときにも行間に現れます。

 例えば、アフリカでも、欧米人が来る前に住民が彼らなりのやり方で自然を利用したりして暮らしていたと思われます。ところが、欧米人は自分たちこそきちんと支配し管理できると思ったり、また下手をすると、住民に上記の世界像を適用し、彼らがじゅうぶん「神に似せて」つくられていないと考えたりする傾向がありました。国際法がはじまったときに「欧州の公法」の延長で、欧州以外の地域は「欧州列強」に支配されていない「無人地帯」のように見なされたのがその例です。

 驚くべきことは、この奇妙な考え方は、ヨーロッパ中心主義として、ザッシャ・ローボが指摘しているように、今でも多くの人々の意識を支配しています。ローボも、スノーデンが仰天した中国の監視体制に触れて、住民が反対しないで支持していることを指摘します。この現象は従来なら、中国人の人権意識の欠如や民主主義の未熟として片付けられるのが普通でした。でもこれは「中国人はドイツ人でない」と主張しているのとあまり変わらないかもしれません。ところが、ローボは別な事情があるとして、二つの要因を指摘します。その一つは中国人が政治的イデオロギーでなく技術のほうを信頼しているという推定です。次は、一党独裁で腐敗している上のほうの人々に対して監視技術によってその行動の是正や制裁につながることが期待されているのが支持の理由だと説明しています。こちらのほうが、これまでの「中国人はドイツ人でない」より、正しいかそうでないかの議論ができて、私には建設的であるように思われます。

スノーデンについてつけくわえたいこと

 スノーデンの自伝ですが、ドイツでは本人の願望にしたがって米国の憲法記念日9月17日に出版された後、直ちにベストテンの一位になり、4週間一位を維持し、その後2位と3位を行ったり来たりしています。2019年11月30日の今日出たシュピーゲル49号では3位です。ところが、私が調べたり、聞いたりした限り英語圏ではそれほど売れていません。これに関連して、私が思ったのは、なぜドイツでこれほど売れているかです。ところが、これについてはこの国でほとんど問題にされていないことです。書評で私の推測をしるしました。独裁国家や「破綻国家」(多くの場合は破綻に追いやられた国家)から逃げてきた人を保護することは国民として誇らしいことです。ところが、強いだけでなく、「旧戦勝国」兼「保護国」から逃げ来た人に亡命を認めるのは厄介な議論と紛争を招くことになるからです

 次の点は、本来ブッシュのイラク侵攻に賛成し愛国者のスノーデンが、どのような経緯で内部告発者になったのかが本書を読んでよく理解できたことです。彼に決定的であったのは、自国政府が法的に無コントロールで自国民の個人情報を何もかも集めて記録している点です。これは自国民のプラバシーの無視で、憲法違反だからです。2013年の時点では、この事情が、自分の勉強不足も手伝って、私にはピンと来ませんでした。

 それは、当時、米諜報機関が国際社会で監視システムをつくり、大規模に個人情報を収集しているという側面が強調されて私の頭の中に入って来たからです。そうなったのは、スノーデンがどこかに亡命しないといけない以上、米国が国際社会を監視しているという情報をいわばお土産としてもって来たからだと思われます。

 今回、スノーデンが自伝のなかで内部告発の動機として米国内の監視に重点を置くのは、彼のロシア滞在許可が2020年で切れことと関係があるかもしれません。もし彼が帰国し、裁判になったときに、それが合法的であるかどうかを人々に考えて欲しいからです。米国は、「内部告発」の正当性を問題にしないで、機密文書の窃盗罪やスパイの罪などで処罰しようとするからです。

 本書を読んでいて、スノーデンは若いのに本当にいろいろなことを考えていたことが分かり、驚くと同時に感動しました。例えば、彼はどのように内部告発するのが効果的かどうか考えて、メディアに協力してもらうことにします。この決意に至るまでのあいだに、メディアの在り方について考えます。彼が見るメディアの弱点は情報の意味を理解しようしないことです。彼が挙げる例は、NSAがユタ州に巨大な監視センターを建てていたのに、その規模を聞いても問題視する人があまりいなかった点です。

 また或るときCIAの技術責任者が多数のジャーナリストを含む大勢の人たちを前に、どのように個人情報をすべて収集しているかを詳細に語り、「CIAではすべてを収集し、いつまでも記録して置くことができます」、更に念を押すように、「人間が発する情報をほとんどすべて収集することができます」と発言しました。ところが、スノーデンが驚いたことに、この発言に衝撃を受けて「CIAが憲法違反を告白」と報道する人はいませんでした。

 ということは、内部の人間が証拠を手にして暴露するというかたちにしないと、つまり情報が舞台の上で演出されて提供されないと衝撃的なニュースにならず、無視されてしまうことになります。この鈍感さはどこか悲しいことですが、仕方がないことで、だからこそ、2013年の香港の

ホテルでの劇的なスノーデンの「内部告発」になりました。

 今や、メディアとなると、「フェークニューズ」ばかりが問題にされますが、本当は情報の意味が想像力の不足から理解できないことにこそ、問題であるように思われます。

 スノーデンは横田基地で働いているときに「ステラウィンド」という自国民監視プログラムについての報告書に出会い、うつ病に近い状態になってしまいます。ところが、面白いことに、「ステラウィンド」については2013年以前にネットで別の「内部告発者」が問題にしています。例えば、

とすると、本当に必要なことは、演出なしに情報について関心を寄せたり論議したりする言語空間が必要なのではないのでしょうか。とするとスノーデンの自伝はメディアの在り方について考えるキッカケになるような気がします。

ベテラン児童精神科医が教える、子どもを子どもとして扱う大切さ

Bestsellers 世界の書店から 2019.09.01

外山俊樹撮影

Deutschland VERDUMMT』(馬鹿になるドイツ)の著者ミヒャエル・ウィンターホフは児童精神科医で、本書はドイツの教育の在り方に対する批判である。

現在、学校で年齢が12歳ぐらいまでのクラスでは、授業中に児童が立ち上がって歩いたりするのは日常茶飯事だという。ブレーメン市の調査では、教室内の平均騒音は60~85デシベルと幹線道路で授業しているのと同じで、声を張り上げるため、教師の多くが声帯を痛める。生徒に耳栓を買うように保護者に手紙を出した学校もあり、授業崩壊も珍しくない。

以前なら子供には自分と関係をもってくれる大人がいて、注意されたり、模範にしたりして、絶えず何かを学び精神的に成長した。そんな大人は、親をはじめ身近な人たちであり、また幼稚園や学校の先生でもあった。子供は就学年齢の6歳になると、学ぶことに納得し、4時間ぐらいじっと座ることができた。

今の子供は精神的にこの段階に達することもなく、学校に迷い込んだのに等しい。その理由は、子供は大人との関係が希薄になり精神的に成長しなくなったからだ、と筆者は診断する。

著者は児童精神科医としての長年の経験から、1990年代の中頃から親をはじめ大人たちの方が子供たちを自分たちと同一視し、「小さな大人」にしたと言う。

学校が児童からスマホを取り上げると、母親が自分から取り上げられたかのように反発するのも、自分と子供が区別できなくなったからである。小さくても子供は自主的に学ぶとされて放っておかれ、親も傍らの子供を気にせずスマホにかまけることができる。でも、子供が何かを学ぶために必要なのは、大人との関係である。 増加し続ける世界の人口を養うため多くの食料が必要だが環境にマイナスの影響も 環境も保全する「アグロエコロジー」への転換がカギとなる SPONSORED CONTENT 三菱商事

本書によると、今や義務教育を終えて就職した若者は遅刻を気にせず、目の前の客より自分のスマホを優先するといわれる。大学へ行く者も、その半分は精神的に成長していないために読解力が乏しく、卒業後働き始めたうち38%は試用期間終了後に採用されないという。

教育現場で声をからす人々から共感される本書を権威主義的として酷評する人がいるが、この反応は時代の変化に気づかないためのように思える。

クイズの賞金で巡った、世界12の街

Bin im Garten』(庭にいます)の著者マイケ・ウィネムートは、アイデアの豊かなジャーナリストである。例えば、女性は所有する衣服の10分の1しか着ないで、残りは置いたままにしているとも言われることに注目し、青色のワンピースを一年中着て、その体験をつづって注目された。

10年近く前、彼女は高額賞金が出るテレビクイズ番組に出場し、50万ユーロ(約6000万円)を獲得。一躍有名になる。この賞金で1年間世界旅行に出かけ、12の町にそれぞれ1カ月滞在した。この旅行記がベストセラーになった。

旅行中、ある町で毎朝犬と散歩して海をじっと眺める男性に気づき、無性にうらやましくなった。こうして一つの場所に腰を落ち着けたくなった著者は、バルト海沿岸に800平方メートルの庭がある小さな家を購入した。ここで2018年初頭、「地面に穴を掘って何かを植え、自分も根を下ろす」ようになる。本書は1月1日から12月31日までの彼女の不慣れな庭仕事の日記である。

例えば、4月6日、苗を分けてもらってもお礼をしてはいけない、と叱られた。お礼をすると、苗が成長しないからだという。初めての収穫はハツカダイコンで、5月11日。子供も栽培できる野菜だが、著者はうれしくて仕方がない。

この国に多い白鳥は筆者(美濃口)には傲慢(ごうまん)に感じられて、好きになれない。でも本書を読んで自分だけでないことを知った。というのは、4月9日に「1664年にハンブルクで、白鳥を怒らせる者は牢獄に3日間監禁される、という条例が布告された」とあるところをみると、昔も人々は白鳥の姿に見とれているだけではなかったことになる。

日本人が本書を読んだら、何とたわいのないと思うかもしれない。でも、2年連続で、ドイツ人は夏、連日のように40度を超える記録的な猛暑や干ばつ、なかなか消えない山火事を体験した。多くの人々は、CO₂の排出削減といわれても、まだ先の話だと高をくくることができたのが、どうやらそうでない感じがしてくる。

12月17日、著者は収穫されるまで半年近くもかかるニンジンに尊敬を覚えるようになり、これまでは乾燥して縮むと捨てたが、そんなことは絶対しないと記す。以前なら気にかけなかったこのような箇所も、多数の読者は素直に受けとめて共感するようである。

世界の紛争地で「偽善」を叫ぶ78歳

Die große Heuchelei』(大きな偽善)の著者ユルゲン・トーデンヘーファーは78歳の高齢にかかわらず、イラク、シリア、パレスチナ、イエメンなどの紛争地帯に出かける。彼は、米国をはじめとする西欧諸国の戦争や武力紛争加担に断固反対する。西欧は人権、民主主義、自由、平等といった理想を掲げてその行動を正当化するが、本当は覇権の維持や経済的利益の獲得のためであるとして、本書は「大きな偽善」という題名になった。

本書は中東の多くの紛争を扱っているが、ここでは2011年から続くシリア内戦を例に、著者の考え方を説明する。著者によると、この紛争について二つの説が国際社会では流布しているという。第1の説は、独裁的なアサド政権が、民主化を求めて抗議する自国民を武力弾圧している内乱とみる。これは欧州社会では、多数派によって繰り返し語られている。

第2の説は、米国やサウジアラビアなどの湾岸諸国が、目の敵のイランに近いアサド政権を何とか打倒しようとして、いろいろなイスラム過激派を支援。反対に、イランやロシアはシリアを支援し、戦争になっているとみる。多数派が言うような「国内民主勢力対独裁者」の争いではないので、内戦とはいえないとする。これはドイツでは少数派の説であるが、著者は米国の政治家の発言や米国防情報局のリポートなど多数の証拠を挙げており、説得力がある。

著者はシリアを含めて「アラブの春」の現場を訪れているので、「国内民主勢力対独裁者」の争いとみる多数派の説が間違っているとはいわない。でも、早い時期に内乱ではなくなり、隣国からいろいろなイスラム過激派が来て、アサド政権と戦うようになったという。この点で、昔、欧州中から傭兵(ようへい)がやって来て、ドイツを戦場にし、人口を半減させた三十年戦争のような戦争に似ているという。

多数派の説が著者から批判されるのは、欧米の人々に対して「国内民主勢力対独裁者」という善か悪かの図式を強調し、戦争の残酷さに目を向けさせない結果、何が何でも戦争を終了させるという意志を弱くさせる点である。そのため、著者は、独裁者を倒すためには命がいくら失われてもいいと思っているのだろうか、という痛烈な問いを投げかける。

ドイツの主要政党も、また主要メディアも、民主主義や自由を守るため、自国も国際社会で軍事的に貢献すべきだと考え、著者の人命尊重の平和主義を、冷戦時代の遺物で独裁者を利すると見なす傾向がある。

そのために、本書は主要な新聞や雑誌の書評に取り上げられなかった。とはいっても、幸いなことに、公共放送が本書を重要な「反戦の書」だと評価し、多くの若い人が朗読会を訪れている。

ドイツのベストセラー(ノンフィクション部門)

7月27日付Der Spiegel誌より

1 Der Ernährungskompass

Bas Kast バス・カスト

健康な食事を求めた科学ジャーナリストがその研究成果を発表。

2 Kurze Antworten auf große Fragen                               

Stephen Hawking スティーブン・ホーキング

著名物理学者が神の存在からはじめて10の難問に簡潔に答える。

3 Deutschland verdummt

Michael Winterhoff ミヒャエル・ウィンターホフ

児童精神科医がドイツの教育の危機をきびしく指摘する。

4 Becoming

Michelle Obama ミシェル・オバマ

ミシェル・オバマ前大統領夫人による回想録。

5 Das gestresste Herz                

Gustav Dobos グスタフ・ドボス

自然療法の大家が説く体のエンジン・心臓とのつきあいかた。

6 Stauffenberg. Mein Großvater war kein Attentäter

Sophie von Bechtolsheim ゾフィー・フォン・ベヒトルスハイム

ヒトラーを暗殺しようとした貴族の軍人を孫の目から見る。

7 Was ist so schlimm am Kapitalismus?               

Jean Ziegler ジャン・ツィーグラー

スイスの社会学者が孫に資本主義を打倒するべき理由を説明する。

8 Bin im Garten                                               

Meike Winnemuth マイケ・ウィネムート 

庭仕事に精を出すことにした女性文筆家の1年間の日記。

9 Toleranz: einfach schwer        

Joachim Gauck ヨアヒム・ガウク

前ドイツ大統領が民主主義を守るために戦闘的寛容を説く。

10 Die große Heuchelei

Jürgen Todenhöfer ユルゲン・トーデンヘーファー

中東での戦乱に対する西欧諸国の偽善を批判。

美濃口坦