発行:2013/11/19
概要
一般的に取締役会に外国人役員がいることはその企業の国際性を示し、企業価値を高めるとされる。ドイツ主要企業30社の場合、取締役会役員のうち外国人の割合は29.1%。とはいっても、この数字を直ちに企業の国際化の指標と見なすことはできない。
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最近、日本のメディアで働いている知人からメールをもらった。彼は「グローバルエリート」に関心を持っているとのことで、次のように書いていた。
「グローバル化の流れの中で、エリートたちには国境がなくなってきました。国益を担うはずのエリート予備軍は、国の枠組みを超えて、次々に海外を目指しています。この事情はドイツでも同じだと聞きます。今や頭脳の流出はとどまるところを知りません……」
サッカーの世界では、名門クラブから引き抜かれるたびに移籍金や年棒が上昇する選手がいる。知人は、経済界にも多国籍企業を渡り歩くグローバルエリートがいると思っているようだ。島国である日本から海外へと羽ばたき、世界を股に掛けて活躍する人は、日本では尊敬の対象とされることが多い。そのせいかメールを読んでいると、国際社会の現実というより日本人のひそかな憧れが表現されているように思われた。
企業価値を高めるもの
ドイツ株価指数(DAX)の対象とされる30の銘柄に属する企業は、ドイツ経済を支える大黒柱である。2013年の夏ごろに「DAX採用企業の取締役会・役員の3分の1は外国人」1という見出しがあった。30社の取締役会の役員を合計すると189人いて、外国人は55人、その割合は約29.1%に相当する。
ニュースソースになったスタディー2にある29.1%が3分の1に切り上げられたのは、記事を書いたドイツ人記者が、自国の主要企業の国際化、それも経営陣に外国人を加えるようになったことを誇りに思っているからだろう。
企業の国際化といってもさまざまなレベルがある。自社製品が輸出されるようになるのも、低賃金の後発開発途上国に工場を移すのも国際化である。しかし、今や安くて良いものを作り、黙って数字を見せれば事足りた時代は過ぎ去りつつある。数字の背後が重要になったことは、以前なら哲学、言語学、心理学などで問題にされたテーマが、経営者向けのセミナーで扱われることからも分かる。
このような事情から、企業の国際化とは外国人を顧客や労働者として扱うだけでなく、取締役会や監査役会の役員として迎えることが、その企業の国際性ひいては企業価値を高めるものと見なされるようになった。
下のグラフは、DAXの対象となる主要企業の取締役会における外国人役員の割合の変遷を示している。この割合は、前年よりも多少下がる年があるものの、2005年以降着実に増えている。2000年の数字はグラフにはないが13.3%であった。この数字と比べると、2013年の29.1%という数字は、外国人役員が増え、ドイツ主要企業の国際化が進行してきたといえそうだ。
工業立国ドイツは長年、世界有数の輸出大国とされ、昔からよく3分の1を国内で、3分の2を国外で販売するといわれた。ちなみにDAXの対象とされる主要企業30社に限定すると、2011年の従業員数の合計は366万人で、その57%が国外で勤務し、株主も国際的で、株の58%が国外で所有されている。これほど軸足が国外に移っている以上、取締役会における外国人役員の割合が29.1%というのは小さいような気がする。
一番大きなドングリ
下表3は、DAXの対象とされる30社の中から、国外の売り上げの割合が高い10社を選び、従業員、役員、株主の国外の割合を表示した。日本人にあまりなじみのない企業が多いので少し説明する。
トップのフレゼニウス・メディカル・ケア(FMC)は人口透析機器などの医療機器で40%以上の世界シェアを誇る。メルクは化学品・医療品メーカー、3番目のハイデルベルグセメントは世界で第4位のセメントメーカー、リンデは産業ガスとプラント。アディダスはスポーツ用品、バイエルは化学、ヘンケルは洗剤やトイレタリー、シーメンスは電子機器や医療機器、車両など多岐にわたる分野を手掛けるドイツの伝統企業。SAPはソフトウエア、ランクセスは化学メーカーである。
もはやこれらはドイツの企業とはいえないのではないか。数字を眺めながらそう思う人がいるかもしれない。しかも、企業の持ち主も従業員も大多数が外国人である。
1980年代までは、企業で働くということは仕事の内容はさて置き、その企業に所属することを指していた。だからシーメンスやリンデの従業員は「シーメンシアーナー」や「リンディアーナー」と呼ばれ、私はこうしたドイツの企業文化は日本と似ていると感じていた。「現地採用」という言葉にも「へき地に留め置き」という運命的なニュアンスがあった。
この事情は変わりつつあるように見える。上記の企業で働いている人たちと話をすると、外国人役員がいるかいないかなどはメディアが取り上げる問題で、彼らにとって外国人の存在や国際化は日常の一部になっているように思われる。「DAX対象となる30社では、企業そのものの方が取締役会や監査役会よりもはるかに国際化している」というのが、2007年に実施された類似のスタディーの結論であったが4、この状況は今でもあまり変わっていないのかもしれない。
次に企業内でドイツ人グループは過半数を失い、国別の人数はドングリの背比べになったが、それでも一番大きいドングリとして、ほとんどの企業でドイツ人が一番多く役員に就いている。この状況は、長年与党だった政党が過半数を失っても、政治力を発揮して小さな政党を抱き込み、連立政権の首班となっているのに似ている。
互換性の乏しいエリート
すでに述べたように、DAXの対象である30社の取締役会には55人の外国人役員がいるが、彼らの出身はどこの国なのだろうか。一番多いのは米国で16人、次がドイツの隣国のオーストリアで7人、英国が5人、オランダとインドがそれぞれ4人、イタリアが3人、スイスとベルギーがそれぞれ2人ずつ輩出している。残りはフランス、ニュージーランド、南アフリカ共和国などの12カ国がそれぞれ1人である。
この内訳を見ると、外国人役員の出身国は、ドイツ語圏で準国内化しているオーストリアとスイスを含めた欧州連合(EU)隣国(オランダ、フランス、イタリア、ベルギーなど)か、英米圏である。インド、南アフリカ共和国、ニュージーランドなどのエリート層は英米の大学に留学してその後就職することが多く、英米圏という文化圏に属すると見なされる。
ということは、ドイツ主要企業で外国人役員が増えたといっても、それは欧米圏内での国際化といえる。ドイツ企業が企業価値を高めるためには、欧米圏外の高度経済成長にある国に軸足を移さなければいけないが、こちらの方は端緒に就いたばかりである。
次に英米圏とEU隣国を比べる。上のグラフは、2012年のドイツの輸出先として輸出額の多い順に表示し、かっこの中に該当国の役員数を記した。ドイツからの輸入が多いことは経済関係のパイプの太さを示す。8位のスイスの後はグラフにはないが、ベルギー、ポーランド、ロシア、チェコ、スペイン、スウェーデンと続く。米国は2番目に大きな輸出先だが、ドイツは隣国との経済関係の方が密接で重要である。ところが、ドイツ主要企業の取締役会の役員は、隣国より英米圏出身者の方が多い。
このような現象は、米国がグローバリゼーションの震源地と思われていることと無関係でないが、それだけではない。欧州各国にそれぞれ固有の出世コース、エリートコースがあって、国境を越えると互換性がなくなるからである。
上のグラフから分かるように、フランスとドイツは太いパイプによってつながっているが、ドイツ主要企業の取締役会にはフランス人は1人しかいない。筆者も偶然身近で経験したのだが、ドイツ企業ではグランゼコール(フランス独自の高等専門教育機関)を卒業しているといわれてもピンとこないし、有能なフランスのエリートが来ても持て余すばかりである。
エリートコースや出世コースについては社会学者の手による国際的な比較研究が幾つかある。それよると、経済協力開発機構(OECD)諸国には共通点があり、一つはあまり職場を移らないこと、次は外国経験の長さである。長過ぎると出世に差し支えるそうで、せいぜい2年程度らしく、エリートはどこの国でもドメスティックであるらしい5。現在ドイツの主要企業で役員をしている人々も例外ではない。彼らの多くは1960~1970年に生まれた人々である。この後の世代になったときは、ドメスティックな性格が変わっているかもしれない。
しかし、ドイツは長年輸出大国であるせいか、社会は外国での滞在経験を肯定する風潮があり、EUのエラスムス計画などで隣国に留学する学生は多い。また大学へ通う前の段階であっても、外国体験を可能にする無数の交換プログラムがある。これは将来ドイツ経済の強みになると思われる。
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1 http://www.zeit.de/news/2013-07/17/unternehmen-fast-jeder-dritte-dax-vorstand-ist-auslaender-17122802
2 http://www.simon-kucher.com/de/news/internationalitat-dax-vorstanden-auf-rekordhohe
3 http://www.die-bank.de/index.php?id=9&tx_ttnews%5Btt_news%5D=16971&cHash=b075a0cb3ac4d508c4dde910055289b4
4 http://www.escpeurope.eu/nc/media-news/news-newsletter/news-single/back/232/article/dax30-unternehmen-weiterhin-deutlich-internationaler-als-ihre-vorstaende-und-aufsichtsraete/?tx_ttnews%5BpS%5D=1188597600&tx_ttnews%5BpL%5D=2591999&tx_ttnews%5Barc%5D=1
5 http://archiv.ub.uni-heidelberg.de/volltextserver/14989/1/111027-Ruperto%20Carola%20Forschungsmagazin-pohlmann.pdf
M305-0025
(2013年11月7日作成)