ドイツの自動車の動力源(2)

  • 発行:2019/07/1

概要

ドイツで電気自動車(EV)シフトが始まったが、自動車メーカーによるEV攻勢には反発や懸念の声も聞かれる。こうした中、2018年度にドイツで新車登録された「純粋なEV」は全体の1%にすぎず、EV用電池の供給過剰が続くと予測され、欧州の電池メーカーが投資に消極的な姿勢を示している。

バッテリーの意味
ドイツの自動車関係者と電気自動車(EV)について話したり、またメディアの報道を見聞きしたりしていると、彼らがバッテリーを(ガソリンの代わりに)電気を貯めておく「燃料タンク」のように考えているような印象を持つことがある。そのため、電池こそEV市場での差異化戦略の重要な要素だという見方はあまり強いように思われない。それでも、ドイツ自動車メーカーはバッテリーについていろいろと対策を講じている。

ダイムラーは、以前はリチウムイオン電池セルの製造を検討していたが、現在は外部から購入することにした。これについては2018年末に発表されたが、2030年までに必要とされる200億ユーロに相当するセルが確保されたといわれる。車載される電池パックシステムはこれらのセルから製造されるが、その工場は3大陸にまたがって6カ所に設立される。いずれも、既存または新たに建てる工場の近くに位置する。ブリュール、ドレスデンの近くのカーメンツ、シュツットガルトの近くのウンターテュルクハイム、へーデルフィンゲン、ジンデルフィンゲン、米アラバマ州のタスカルーサ、北京の工業団地、タイのバンコク、ポーランドのヤボールなどである7

BMWのバッテリーポリシーは少し異なる。中国の電池メーカー、寧徳時代新能源科技(CATL)はエアフルトの近郊にバッテリー工場を建設中だが、場所選びや資金調達についてはBMWが便宜を図ったといわれる。この工場が欧州でバッテリーセルを製造してくれるのは、どの自動車メーカーにとっても望ましいことである。資金をあまり出さずにこのように特別な関係を築くのが、このミュンヘンの企業の考え方である。韓国のサムスンSDIとの関係も密接だ。

BMWはリチウムイオン電池セルを製造していないが、将来の調達を確保するために直接コバルト鉱山の購入契約を締結している。また発想がオリジナルで、ドイツの化学大手BASFと組んで中国のCATLも加えて、ドイツ連邦経済エネルギー省の傘下にある国際協力事業団にアフリカのコバルト鉱山での人道的な現地人の労働の在り方についての研究を委託している。これは、電池が「善玉」である(「ドイツの自動車の動力源(1)」(2019年7月16日付掲載)を参照)条件を前もって考慮しているからである。

フォルクスワーゲン(VW)もリチウムイオン電池セルの製造については二の足を踏んでいた。ところが、2019年6月12日にスウェーデンのバッテリーメーカー、ノースボルトに9億ユーロ出資すると発表した。これは以前テスラに在籍していたピエテ・コールソン氏が立ち上げた会社である。VWは、この会社と組んで現在エンジン工場のあるザルツギッターで年間16ギガワット時(GWh)の生産能力のあるリチウムイオン電池セル工場の建設を2020年に開始し、2023/2024年に製造を始めるという。現在、VWはノースボルトの株式の20%を所有しているが、将来は50%にまで増やす8。VWのリチウムイオン電池の需要は2025年には150GWhに及ぶという。

ただしこのノースボルトはBMW、シーメンス、スイス産業用ロボットメーカーのABB、スウェーデンのトラッックメーカー、スカニアとも関係が深い。ザルツギッターにノースボルトの工場が設立されると、スウェーデンのシェレフテオ、ポーランドのグダニスクに次いで3番目の工場となる。またドイツの電池メーカー、ファルタはドイツ政府の支援を受けてフラウンホーファー研究機構とミュンスターでバッテリーセル生産技術の共同研究に着手することになっている9。以上が、バッテリーセルに関して欧州が東アジア勢に対抗しようとする試みである。

反対に東アジアのメーカーは、欧州での直接投資に積極的である。例えば、韓国のLG化学はポーランド、サムスンSDIとSKイノベーションはハンガリー、中国の比亜迪汽車(BYD)は英国もしくはドイツ10といった具合に続く。

欧州の電池メーカーが投資に消極的である理由
それでは、東アジアの電池メーカーがこれほど投資に積極的であるのに対して欧州の電池メーカーはなぜそうでないのか。彼らはアジアの生産者から高い値段を吹っかけられるとか、納入されなくなるといった心配はあまりしていない。これは、EV用電池は買い手優先の供給過剰状態にあり、今後もそれが続くと彼らが予想しているからだといわれる。このように思う人々が根拠とするのは、自動車用バッテリー市場についてのスタディーに記載されている内容を示したグラフ2である11。このグラフから分かるように、需要と供給の差は、これから2、3年は拡大傾向にある。供給過剰が継続し、2025年でもまだ30%余りもだぶついていると予測されている。

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グラフ2:

 


このようにEV用電池の供給過剰が予測されているのは、多数の企業がEV需要が爆発的に増大すると見なしてバッテリー製造を始めたのに、需要がゆっくりとしか増えないと思われているからである。このグラフが示す内容に賛成する人々は、アジアのメーカーがチャンスを見たら殺到し、供給過剰になると思い込んでいるからである。同時に彼らは、欧州ではそれほど急速にEVは普及しないと考えている。

反対に、ドイツまたは欧州が自力でバッテリーセルを製造しなければいけないと考える人は、EVの普及がどんどん進み、バッテリーが足りなくなると心配する。彼らの頭の中には、下のグラフ3に示したような予測があるからだ12。メディアでは世界的な「バッテリーブームの到来」が囁かれて、東アジアの大手バッテリーメーカーは、比較的裕福な人が多く環境意識の高い欧州で、EVシフトが速やかに進行すると思い込んでいるのかもしれない。

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グラフ3:

 


ドイツ連邦交通・デジタルインフラ省を諮問する専門家グループは、新車登録に占めるEVの割合が2025年までに25%に、2030年までには50%に到達するという目標を示している13。しかし、実際にEVの数が本当に増えていくかどうかはよく分からない。メーカーとメディア、政治家が騒いでいるだけに見えることもある。

EVシフトが二酸化炭素(CO2)排出量削減に役立つようにするためには、充電する電気がどこから供給されるのかという点が決定的に重要であるが、ドイツでは再生可能エネルギーによる発電は40%にすぎない。まだ稼働している原子力発電所を考慮しても、EVが消費する電力の半分はその発電のためにCO2を排出していることになる。また電池製造や、その原材料のリチウムやコバルトを採掘するためにも凄まじい大量の資源とエネルギーが消費される。環境に対する配慮からEVに反対する人も多いので、何か不祥事が起こって電池が「悪玉」にされることもあり得ない話ではない。

ディーゼル不正事件が起きた結果、ひと頃ドイツではディーゼル車を避けてガソリン車を購入する人が増えていたが、この数カ月はディーゼル車が再び人気を回復しつつある。例えば、2019年5月はディーゼル車の新車登録数は前年度比で16%増大した。ディーゼル車は「値引きしてくれるから」などといわれるが「悪玉」にも取り柄があるらしく、再び売れるようになり「ディーゼルルネッサンス」といわれている14

VWのツヴィッカウ工場はEVシフトの最前線で、2019年から10万台のEVが生産されることになっている。この工場を訪れたリポーターによると、従業員は本当に需要があるかどうか自信がなさそうだったという15。2018年度にこの国で新車登録された「純粋なEV」はわずか3万6062台で、全体の1%にすぎなかった16。ドイツ政府は2016年から、メーカーと一緒になってEV購入を助成している。EVと燃料電池車(FCV)の購入には4,000ユーロ(約49万円)、プラグインハイブリッド車(PHV)には3,000ユーロ(約37万円)といった具合に助成金が支給される。ところが需要が少なく予算が残ったままであることから、申請期間が2020年内まで延長された。

ミュンヘンの経営コンサルティング会社は、このままではEVに買い換える人などいないとして、法人用EVを思い切って税制上優遇し、現在のEVの助成額を倍にすることを提案した17。ということは、ドイツでEVを買うと日本円でおよそ100万円も支援してくれることになる。自動車がドイツ経済にとって重要だからだといって、本当にそんなことが政治的に実現するのだろうか。

EVは特に新しい話でない。周知のように20世紀初頭に乗用車を動かすための技術としては内燃機関に負かされた。EVは車体が重たくなる、充電に時間がかかる、走行距離が短くなる、資源の乱用につながる、値段が高くなるといった欠点があり、それは今も変わらない。ガソリンスタンドであっという間に給油できる車の便利さに慣れている者にはこれらのことは本当に面倒で、メリットが感じられないとされている。

ドイツ経済の強みは競争力のある中小企業で、そのほとんどは公共交通があまり発達していない中小都市にある。人口8,300万人のこの国には現在4,700万台の乗用車があるが、その大多数は、クルマ離れがしたくてもできない中小都市の住民に必要とされている。

ところが、ドイツの自動車メーカーは長年プレミアムカー志向を推進してきたこともあってか、経営者の頭の中にはEVとなるとテスラのイメージしかない18。その結果、自国民の半分以上を占める「マイカー族」を軽視しているうちに、自国のシェアまでも東アジアの競争相手に奪われることだってあり得る。その揚げ句、巨額の資金をつぎ込んだ中国市場でも期待通りに進行しないとなると、1945年以来順調にきたこの国にも厳しい事態が到来するかもしれない。

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7 https://www.daimler.com/dokumente/investoren/nachrichten/kapitalmarktmeldungen/daimler-mercedes-benz-ir-release-de-20190122.pdf
8 https://www.volkswagen-newsroom.com/de/pressemitteilungen/volkswagen-beteiligt-sich-an-northvolt-ab-5078
9 https://www.varta-ag.com/baden-wuerttemberg-gibt-startschuss-fuer-neues-batterie-forschungsprojekt/
10 https://www.electrive.net/2019/02/26/byd-beginnt-mit-bau-von-batteriefabrik-in-chongqing/
11 Berylls:BATTERIE-PRODUKTION HEUTE UND MORGEN.Studie zum Akkupack-Markt.März 2018.4ページ
12 https://www.handelsblatt.com/auto/test-technik/elektroauto-batterien-zu-schwer-zu-schwach-zu-teuer-seite-2/3827062-2.html 
https://www.handelsblatt.com/politik/international/e-autos-warum-deutsche-unternehmen-bei-der-batterieproduktion-zoegern/23085714.html
13 https://ecomento.de/2018/11/21/regierungsberaterin-claudia-kemfert-elektroauto-quote-2025/
14 https://www.n-tv.de/wirtschaft/Diesel-Autos-erleben-eine-Renaissance-article21066306.html
15 E-llusion Media,Capital:2019年3月21日。31ページ
16 https://www.kba.de/DE/Statistik/Fahrzeuge/Neuzulassungen/n_jahresbilanz.html
17 https://business-panorama.de/news.php?newsid=579287
18 https://ecomento.de/2019/05/16/volkswagen-chef-diess-zu-tesla-wir-werden-gewinnen/


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(2019年7月4日作成)

欧州 美濃口坦氏