電気自動車元年(2)ドイツと中国

  • 発行:2018/02/20

概要

欧州連合(EU)の二酸化炭素(CO2)排出規制以外にも、ドイツの自動車メーカーが電気自動車(EV)へのシフトを進める要因がある。それは中国によるEVの製造・販売義務の導入だ。ドイツの自動車メーカーは、中国で今後拡大するEV市場で従来通りの大きなシェアを確保したいと考えている。だが、この思惑通りになるかどうかは予断を許さない。

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ユーロ救済、脱原発、「難民歓迎」など、ドイツのメルケル首相の政治は納税者の負担を増大させるものが多かったが、国民の「お母さん」がいつもそうだったわけではない。彼女もドイツ経済のために、そしてその結果、国民のために役立つこともしたのである。第一に挙げられるのは、密接な中国との関係を築き上げたことだ。

2005~2017年の間、彼女は9回も中国を訪問した。ドイツから見て東アジアが遠いことを考えると、この数は多いと思われる。首相就任の年は、当時も連立交渉が長引き、その結果、首相になったのは同年11月末だったので時間がなかったようであるが、連邦議会選挙があった2009年、2013年、2017年を除くと、毎年中国へ行ったことになる。また、そのたびに多数のドイツ企業の最高経営責任者(CEO)を連れていき、彼らはいつも数十億ユーロ単位の注文を得てホクホクして帰路についた。そして経済界は「中国で何か困ったらメルケルさんに頼んだらいい」という安心感を持つことができた。

メルケル首相が国際社会でひところ「欧州の女帝」扱いされたのは、ドイツが欧州連合(EU)の経済大国であるためだけでなく、多くの政治指導者が苦手とする中国とのコネクションがあったからでもある。

電気自動車(EV)規制
ドイツの自動車業界がEVにかじを切った第二の理由は(第一の理由は「電気自動車元年(1)ドイツとEU」(2018年2月14日付掲載)を参照)、中国政府が3万台以上を商う自動車製造・輸入・販売業者に対して一定の割合で新エネルギー車(NEV)を扱う義務を導入したことである1。こちらの方もEUの二酸化炭素(CO2)排出規制と同じように、ドイツの自動車メーカーにとって深刻かつ重大である。

NEVとは、EV、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)である。このNEVの製造・販売義務の方針はすでに2016年に発表されており、2018年から実施予定であったが、自動車メーカーの反対を受け実施が1年先に延期された。その代わり、義務付け比率が最初の年の2019年に10%に、翌年の2020年からは12%に引き上げられるといった具合に、予想以上に厳しくなったといわれる。

また、NEVには点数が付けられる。例えば、航続距離が350キロメートル以上の高性能のEVは5点と査定されるそうだが、ドイツの関係者の間では、EVは4点として計算するのが無難だとうわさされている。電気でなくガソリンも使うPHVは2点や3点といった低い点しかもらえない。さらに点数が足りなくなると、同業者からその分を買わなければならない。それができない場合、中国での内燃エンジンの自動車の取り扱いが制限される。最初の年は特別扱いされて、足りなかった分は翌年の2020年に余分に取ることができた点数で相殺することができる。でも現状では、実際にどのように運用されるか分からない。

ドイツ側の計算では、販売するEVの航続距離が長く5点と査定されるなら、2%売るだけで最初の年の10%条項をクリアしたことになる。その結果、残りの98%はこれまでと同じように内燃エンジンの自動車を販売できる。フォルクスワーゲン(VW)を例に取ると、2016年は中国市場で400万台販売した。2019年も同じ台数を売ろうとし、販売するEVが4点しか取れない性能であれば10万台売らなければならないといわれる。

ドイツの自動車メーカーはこのような厳しい規制に不安を覚え、せかされるのが苦手な人もいる国民性からか、2018年初頭からこの製造・販売義務が実施されることを特に恐れていた。自動車メーカーから窮状を訴えられたメルケル首相が中国の李克強首相に働き掛けて、その実施が1年間延期されたそうだ2。対EUとは対照的に、相手が中国となると業界と政府は一枚岩になる。こうしてドイツ側は少しほっとしたわけだが、それでも何かと融通の効くEU内の規制でないために戦々恐々としている。

ジョイントベンチャー
とはいっても、ドイツの自動車メーカーは比較的準備が整っているような印象を受ける。自国の自動車メーカーがEV時代の到来のために遠い東アジアで励んでいることなど、メディアでは大々的には報道されないが、それでも注意深く新聞を読んでいると、もうかなり前から中国側のパートナーと一緒にEVを開発・製造していることがうかがわれる。

例えば、VWは2011年から中国第一汽車集団(FAW)や上海VW(SAIC)と組んで2014年を目指して開発を始めたと報道されている。また2018年に入ってから江淮汽車(JAC)との共同事業が決まり、2018年に電動スポーツ用多目的車(SUV)が市場に登場する予定である。

メルセデス・ベンツのEVプロジェクトはVWより前に始まっている。すでに2010年に比亜迪汽車(BYD)とジョイントベンチャーを組み、BクラスEV版の「デンツァ」を生産・発売しているだけでない。2017年に入ってから北京汽車製造(BAW)とNEVの共同事業を行うことを発表している。

BMWは、従来のパートナーの華晨汽車集団(Brilliance Auto)と一緒にPHVのセダンコンパクトカーやSUVを出している。また将来、EV製造を本格的に始めるために新しいパートナーを物色しているともいわれる。ここに挙げた例は、ドイツの自動車メーカー全てをカバーするものでなく、一部にすぎない。

今回のEVへの移行促進のための規制に関連して耳にする批判は、中国側から許可されてリストアップされたバッテリーしか使うことができない点に対してだ。それらは全て中国製ばかりで、韓国製や日本製は対象外となっている。この規制は航続距離が重視される点数制であり、電池の性能が重要である。点数が欠けると同業者から購入したり処罰されたりすることを考慮すると、自国製品を売りたい気持ちは理解されても、ドイツ側に公平でないとの印象を与えるようだ。

次の批判は、EVに転換した決断の政治的意図に関係する。テレビのニュースで中国の大都市のすさまじいスモッグを見たドイツ人には、この国の政治家が路上交通もEVにしようとすることはよく理解できる。とはいえ、自動車もスモッグの原因になっているかもしれないが、石炭による火力発電の方がより大きな原因ともいわれている。このような事情から、中国政府が国民の健康を心配するだけでなく、別の意図を持つと憶測する人は少なくないようだ。

当然のことだが、中国も安い部品を供給しているだけでなく、強力な自動車産業を築き、国内市場を押さえるだけでなく、日本やドイツのような自動車大国になるという野心を持っている。中国車は値段が特に重要とされるアフリカ、キューバ、アジア、南欧・東欧などの一部の国や地域で走っているのを見掛けても、欧州の主要市場で成功しているとはいえない。

自動車王国を目指す中国にとっての最大の難関は、すでに触れたように、自動車製造において重要な内燃機関・ノウハウの蓄積が十分でないことである。とすると、EVへのシフトが進めばこの難関が存在しなくなり、中国も日本やドイツ、米国、フランスなどの歴史のある自動車メーカーと同じスタートラインに立つことになる。

2018年初頭、中国政府は多くのガソリンを消費する553モデルの自動車の製造禁止を発表し、そのリストの中にVWやメルセデス・ベンツの自動車も含まれているというニュースが流れた3。その後、該当する自動車メーカーが直ちにそのモデルはすでに生産を停止していると発表した。リストにあるモデルがどれもそうであるなら、中国政府がスモッグに悩む国民に対して頑張っている姿勢を示しているだけのことになりそうだ。

しかし、このように中国政府が容赦なく突然製造禁止を命じることに対して、少なからずドイツ人は反発を覚えるようだ。自動車業界の事情通であるJSC Automotiveのヨッヘン・ジーベルト氏4は、今回の措置を正当化する法律がすでに3年前にできているという。ただし、そこには製造禁止といった「制裁」の実行は2020年からとあるので、合法的でないとしている。彼の見解では、2019年に実施予定の、EVを中心とするNEVを一定割合で製造・販売するよう義務付ける規制が深刻に受け止めらるよう、警告を兼ねているそうだ。

中国市場に対するドイツ自動車業界の依存度
ドイツ側に、突然特定の自動車の製造中止を命じる中国に対する反発があっても「ご無理ごもっとも」になるとしたら、それは中国市場に対する依存度があまりにも高いからである。また、嫌な面に目を背けて極端に都合のいいことばかりを考えるのも同じ理由からだ。グラフ1は、ドイツの自動車業界の「中国市場に対する依存度」を示す。

【グラフ1:ドイツの自動車業界の中国市場に対する依存度5(単位:1,000台)
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グラフ1の青い線から分かるように、ドイツの自動車メーカーは2009年から2016年まで乗用車総販売台数を順調に増加させることができた。2016年の総販売台数は約1,473万台となったが、そのうち約500万台が中国市場で売れた(赤い線)。その割合は33.9%に及ぶ(緑の線)。ということは、3台に1台が中国市場で販売されたということになる。ところが、2009年の時点では中国市場の割合は18%にすぎず、およそ5台に1台だったので、この間に依存度が増大したことになる。

よく冗談で、中国が咳をしたらドイツ経済は入院しなければならないといわれる。後述するが、ドイツの自動車業界の対中国依存度は、将来ますます強まると予想される。

【グラフ2:中国市場でのドイツの自動車メーカー・シェアの推移5(単位:1,000台)
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グラフ2の青い線は中国の乗用車市場の急激な成長を示す。2009年には約838万台であったのが、2016年には約2,369万台と7年間で3倍近くに増えたことになる。ドイツの自動車メーカーも、グラフの赤い線が示すように、2009年の約156万台の販売台数を2016年には3倍以上の約500万台に増大させることができた。とはいっても、ドイツの自動車メーカー全体のシェア(緑の線)は2012年の25.3%をピークにその後は漸減傾向にある。

ドイツの自動車メーカー別のシェアは示されていないが、台数が単位であるため、BMWやメルセデス・ベンツはVWよりはるかに少ない。2016年のドイツの自動車メーカー全体のシェアが21.1%である例を取ると、VWが16.8%、BMWが2.2%で、メルセデス・ベンツは2.1%である。BMWは上がったり下がったりしているのに対し、中国市場参入のスタートが遅れたメルセデス・ベンツは、これまで着実に売り上げを増大させることができた。

もっと重要な点はこれからである。2016年の中国市場の販売台数は約2,369万台、世界市場総販売台数は約8,600万台であったが、これは4台に1台近くが中国で売れたことになる。エコノミストの多くは、中国市場は今後成長率が鈍化するとしても、2025年には自動車販売台数が3,500万台以上に達すると予想している。この時点での世界全体の販売台数を1億600万台とすると、およそ3台に1台が中国で買われることになる。

このように予測されているのは、現在ドイツでは1,000人のうち562人が、米国では742人がすでに自動車を所有しているのに対して、中国では75人しか所有していないためである。またこう期待されるのは、中国の経済成長が今後も継続し、富の分配がある程度まで機能して人々が裕福になると思われているからだ。このような事情こそ、中国が唯一の成長市場と見なされる理由である6

ドイツ側の思惑
この巨大な中国市場がEVにかじを切ることは、ドイツの自動車メーカーにとって悪い話ではない。というのは、彼らはこれまでディーゼル車に賭けて、日本の自動車メーカーのようにガソリン車の燃費を改善する方向へは進まなかったからだ。また、その目的である排出ガス規制で重視されるのも、充電スタンドを設置する必要のない高度な技術のハイブリッド車でなく、EVやPHVである。これもドイツにとって都合がいい。充電スタンドを設置できる国は経済力があり、どうせ商売をするなら裕福な人々を相手にする方がいいからである。これもよく聞く自動車関係者の率直な見解である。

先進国での自動車離れを考慮すると、ドイツの自動車メーカーの「中国頼み」が高じるのも当然であろう。彼らは、何が何でも大きなシェアを獲得したいと思っている。例えばVWは、中国市場に100億ユーロを投資して、2020年まで毎年40万台を販売し、2025年までに販売台数を150万台に伸ばすと強気である7

中国乗用車協会(CPCA)や中国汽車工業協会(CAAM)などが発表した数字を基にしたベストセラーリストは、インターネットを通じて見ることができる。本稿執筆時点で2017年のEVの販売状況は分からないが、2016年の状況を見る限り、ほとんどの車種は中国の自動車メーカーである。ジョイントベンチャー組で健闘しているのは日産自動車で、メルセデス・ベンツもBMWも影が薄いし、VWはリストにない8

今後どのように展開していくのかについて考える際に興味深いのは、2017年の上海モーターショーを訪れたトム・グリューンヴェク記者のEVに関するリポートだ9。彼は、米国のテスラに似た中国のスタートアップのしゃれた自動車だけでなく、一般的な中国製EVを紹介している。ドイツから派遣されて現場で中国人と働く人々とも接触したグリューンヴェク記者は「彼らが自ら進んで何かやっているのではなく『ジョイントベンチャー』に強制されている」印象を持ったという。また彼らは「中国政府の好意を失わないため」とか「助成金を確保するため」などと発言していたそうだ。

この記事を読んでいるだけなら、何に不満であるのかが分かりにくいかもしれない。とはいっても、ドイツ・中国の経済関係に関心を持つ人には想像できる。中国企業とのジョイントベンチャーの現場で働くドイツ人エンジニアは、技術が流出することを気にするうちに不愉快になることも少なくないようである。現場に近い人々は、長年自社が蓄積したノウハウを大切にする傾向が強い。彼らと対照的なのは企業のトップで「大所高所」から判断するためか、売り上げを重視する。他方で「以前なら結構長い間もうけることができたが、競争相手になる企業の商品が中国市場に出回るまでの期間がだんだん短縮している」とよくいわれる。

自動車業界に詳しいグリューンヴェク記者は中国製EVにあまり良い評価を与えず、内燃機関に急いで電気モーターをくっつけただけだと手厳しい。彼が褒めるのはドイツ・中国のジョイントベンチャーのEVで、ドイツ本国で製造されているものより性能も良く、また値段も安いのに驚くという。このような半分中国製のEVが欧州に輸出される可能性が脳裏をよぎったようで、グリューンヴェク記者は次のように記述している。

《このようなジョイントベンチャーの製品は、複雑な契約があること、また中国政府からの助成があることもあって、欧州では簡単に売ることができない。第一、これらのクルマは欧州の基準を満たしていないし、ドイツの自動車メーカーは欧州での競争相手の登場を望まない》

ドイツ側が「競争相手の登場」を望むかどうかなど、あまり重要ではないかもしれない。というのは、ドイツの太陽電池メーカーも競争相手など欲しくなかったと思われるが、瞬く間に消えてしまったからである。

【グラフ3:中国市場でのEVとPHVの今後の展開5(単位:1,000台)
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グラフ3は、中国市場でのEVとPHVの今後の展開を示す。2017年には約70万台も販売され、数の上では世界一のEV王国といえる。その97%は中国産といわれる10。これらの純中国製には隙があり、グリューンヴェク記者の評価では、日本やドイツ、フランス、米国、韓国の自動車メーカーにも、現在の中国企業の独占状況を変えるチャンスがあることになる。

上述したVWの強気の数字も、このあたりにその根拠がある。グラフ3が示しているように、2025年はEV+PHVが1,000万台を超えると予測されているが、150万台販売するということは15%のシェアを獲得することを意味する。これは、過去の実績(最盛期の2012年に21%、2016年は約17%)を考えると荒唐無稽ではない。とはいっても強力な外国勢とも競合することになり、あまり思い通りにはいかないかもしれない。

ドイツが楽観的になれない要因は、中国企業の存在だ。中国企業は長年にわたるジョイントベンチャーの経験を持つだけでなく、海外でのハイテク企業の買収によって技術力を高めている。ドイツ側のもうける期間の短縮傾向も、この事情を反映している。また中国がEVに転換するのも、工業力の試金石というべき自動車の分野でナンバーワンになりたいからであろう。この点を考慮すると、ドイツ側の望むゲームにはならない可能性も強い。

中国市場は、すでに述べたように2025年には世界で生産される自動車の3台に1台を購入する大きな市場になっている。しかし残りの3分の2を忘れるのも考えものだ。ドイツ・中国のジョイントベンチャーのEVを、欧州では法的に辛うじて阻止できても、他の地域に登場するのを防ぐことはできない。ドイツ人には中国というと巨大なパイに見えて、競争相手になることを考えないようだが、これは面白い現象である。

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1 http://www.sueddeutsche.de/wirtschaft/e-mobilitaet-china-fuehrt-quote-fuer-e-autos-ein-1.3687137
2 http://www.handelsblatt.com/unternehmen/industrie/china-und-die-e-autos-das-grosse-zittern-vor-der-quote/19949604.html
3 https://www.bloomberg.com/news/articles/2017-12-28/china-to-stop-production-of-553-vehicle-models-over-fuel-use
4 http://www.spiegel.de/auto/aktuell/china-stoppt-bau-von-553-automodellen-die-regierung-gibt-einen-warnschuss-ab-a-1185875.html
5 1~3のグラフの出典はドイツ自動車工業会(VDA)
6 https://www.focus.de/auto/automessen/shanghai-auto-show-2017-fuenf-gruende-darum-entscheidet-sich-die-zukunft-des-autos-in-china_id_6973991.html
7 http://www.manager-magazin.de/unternehmen/autoindustrie/elektroautos-volkswagen-investiert-10-milliarden-euro-in-china-bis-2025-a-1178229.html
8 http://chinaautoweb.com/2017/01/best-selling-china-made-evs-in-2016/
9 http://www.spiegel.de/auto/aktuell/auto-shanghai-2017-elektroautos-chinas-erfolgsstrategie-a-1144511.html
10 上記7と同じ

M0305-0046
(2018年1月21日作成)

欧州 美濃口坦氏