- 発行:2019/07/16
- 美濃口 坦
概要
ドイツで電気自動車(EV)シフトが始まったが、フォルクスワーゲン(VW)など自動車メーカーによるEV攻勢には反発や懸念の声も聞かれる。これは、自動車メーカーがEVシフトのために前例のない巨額な投資を行う結果、自動車業界の将来がどのようになるのかがはっきりしないからである。
ドイツの自動車メーカーは、そのプレミアムカー戦略がグローバル化による富裕層への富の集中と結び付き、長年にわたって本当にいい商売を続けることができた。ところが、ドイツ自動車工業会(VDA)によると、2019年1月の乗用車生産と輸出は前年比それぞれマイナス19%、20%である1。すでにメーカーの中には操業短縮の導入が検討されている工場も出現している。
この国の自動車業界は、その長い歴史で売り上げが急降下することも、また社会的に指弾されることもよくあり、その度に危機が声高に叫ばれた。そしてこれも面白いことだが、いつも業界は立ち直り、売り上げを以前より伸ばすことができた。でも今回はかなり様子が違うかもしれない。というのは、自動車業界の将来がどうなるかはっきりしないところがあるからだ。次に彼らを苛立たせるのは、今から自分たちが主役でなくなり、裏方で我慢しなければいけないという不安である。この事情は、2019年にアルトマイヤー連邦経済エネルギー大臣により発表された「国家産業戦略2030年」の次の一節にも反映されている。
米国の人工知能(AI)の自動運転車プラットフォームにしろ、アジア製電池の搭載にしろ、未来の自動車については、ドイツをはじめ欧州は儲けの半分以上を失うことになる2。
AIや自動運転、ビジネスモデルの問題は別の機会にゆずり、まず「電池の搭載」、すなわち自動車の動力源に関するドイツでの議論を紹介する。
「純粋なEV」に賭ける
2019年3月21日付のドイツの幾つかの新聞には「自動車メーカーは合意することができた」といった意味の見出しの記事が出た。それだけではない。VDAからフォルクスワーゲン(VW)が脱退する可能性まであったことに読者は驚く。というのは、ドイツ自動車のもう一方の雄・BMWのハラルト・クリューガー最高経営責任者(CEO)が「これからも私たちは一緒になってVDAを支える」と述べているからだ3。自動車業界が一致団結して、このように強力なロビー団体を通して政治力を発揮するのはごく普通のことであるが、今回のように大きなメーカーが出て行く話は異例なことで、業界が陥った厄介な事情を示す。
2018年11月にVDAは、自国の自動車メーカーがEVシフトに踏み切り、自動車業界全体で2020年までに400億ユーロも投資し、モデル数も現在の30ぐらいから100近くまで増大させると発表している。ところが、そのうちに不協和音が聞こえてくるようになった。
欧州連合(EU)の厳格な二酸化炭素(CO2)排出規制をクリアするといっても、いろいろな可能性がある。ガソリンやディーゼルエンジンの燃費を改善する道もある。周知のように、ドイツの自動車業界は燃費の良いディーゼルエンジンを活用してCO2排出量を減らそうとした。
地味ではあるが、バイオ燃料と化石燃料を混合すると内燃機関でのCO2排出量を減らすことができる。また、アウディをはじめ多くの企業が長年努力してきた合成燃料(e-fuel)も原油を必要としない。再生可能エネルギーから得られた電力によって水とCO2からガソリンやディーゼル燃料を合成する4。この方法であるとこれまでのガソリン車やディーゼル車がそのまま使えて便利だ。
EVといっても、電池を充電して電気モータで走るEVだけでなくハイブリッド車(HV)もあり、それに外部から充電できるようにしたプラグインハイブリッド車(PHV)もある。また「電池」といっても水素を電気に転換して自動車を走らせる「燃料電池」方式もある。どの企業もこれまでいろいろな可能性を考慮して研究・開発をしてきた。
VWはこのようにいろいろな可能性の中から電池と電気モータだけの「純粋なEV」に焦点を絞るという。それは、この方式のみがCO2排出量をゼロにし、地球温暖化防止に貢献できるという信念からだと説明する。これは一企業の見解にすぎないのに波風が立つのは、VWが自社の方針を業界全体に押し付けていると感じられるからだ。同社のヘルベルト・ディースCEOは機会があると「いろいろな技術がもたらす可能性に対して開かれているべきだ」という見解は一般的に正しくても、現時点では誤っていると批判する。ダイムラーやBMWをはじめ多くの企業はそう考えない。例えば、ボッシュはEV関連の製品も扱っているが、スウェーデンの企業と提携して燃料電池スタックを開発し2022年までには市場化するという5。
VWはディーゼルゲートの汚点を消すためにも内燃機関との縁切りを強調したい。そのためには「純粋なEV」が一番分かりやすいからだと揶揄する人も少なくない。さらにもっと奇妙なのはドイツのメディアで、自国のメーカーがディーゼル不正事件によってEVシフトに追い込められたかのように報道している。この問題で非難されたのは、不正な操作をして窒素酸化物と微粒子を基準以上に放出することである。ところが、メーカーが自国のディーゼル車の購入者に対して浄化装置を取り付ける責任もろくろく取らないでいるうちに、いつの間にかCO2排出量を減らす地球温暖化防止の「勧善懲悪」の物語にすり替わり、その結果、「内燃機関が悪玉で電池が善玉」という筋書きになってしまった。
中国に対する依存
もうかなり前から、ロイター通信は、国際的自動車メーカー29社がEVシフトのために5~10年後に投資や調達費として計上した金額を集計して発表している。下のグラフ1は2019年に入ってから出された数字を基に上位13社を棒グラフで表示したものだ6。

グラフ1:
ロイター通信側によると、数字は各メーカーが公表したものであり、通常の研究・開発費といった別項目に含まれていることもあり、現実の投資額はもっと大きいそうだ。このグラフにはないが、29社の全体の金額は3,000億ドルに及ぶ。とすると、VWの投資額は910億ドルでダントツであり、世界中のメーカーによる投資総額の3分の1近くも占めていることになる。
この金額を見たら、ディーゼル離れを強調しているうちに数字がどんどん膨れ上がってしまったような気がしないでもない。またVWが「純粋なEV」を少しでも売りやすくするために、自国の自動車業界を一本化し政府に圧力をかけたい気持ちになるのも分かりやすい。というのは、業界全体が「純粋なEV」で固まったら、政治の方も充電スタンドや配電網整備などのインフラにも本腰を入れなければいけない。HVがウロウロすると、政治家はインフラ整備に真面目に取り組まない危険がある。
29社全体の3,000億ドルの45%に相当する1,350億ドルは、中国市場に向けられるという。ドイツ自動車メーカーについて見ると、VWは910億ドルのうち455億ドル(50%)が、ダイムラーは420億ドルのうち219億5000万ドル(52%)が、BMWは65億ドルのうち3億9000万ドル(6%)がそれぞれ中国へ流れる。ということは、比較的消極的なBMWは別にしても、中国のEVシフトのために投下される資本の半分近くをVWとダイムラーの2社が負担することになる。ちなみに、米国の自動車メーカーを例に取ると、全体の金額は390億ドルで、中国市場にはせいぜい50億ドル投下され、残りは国内のEVシフトのために使われるので、中国の占める割合は13%にすぎない。
このような状況を考えると、中国に対するドイツメーカーの依存度はますます強くなる。また、これらの投資が報われない可能性もある。2018年に右肩上がりだった中国の自動車市場の売り上げが下がったが、ドイツはシェアを24%に上げることができた。ところが、ドイツメーカーが中国とのジョイントベンチャーで生産したEVのシェアは0.4%にすぎない。とすると、EVはドイツにとって苦手な分野ということになり、今からではEVで世界一になりたい中国が以前のガソリン車のようには買ってくれないかもしれない(とはいっても、ドイツのメーカーはまだ儲けることができると夢見ているようだ)。
しかし、以上述べたことは投資してもあまり儲からないだけの話である。別のもっと厄介な依存関係がEVシフトにより生まれる。それは連邦経済エネルギー省の「国家産業戦略2030年」の中でも心配されているバッテリーである。上記のロイター通信によると、EVシフトに向けられるVWの910億ドルのうち570億ドル(63%)、ダイムラーの420億ドルのうち300億ドル(71%)、BMWの65億ドルのうち45億ドル(69%)はバッテリーのためである。ということは、どのメーカーもこの問題に高い関心を向けていることになる。
最初はドイツのメーカーも、東アジアの電池メーカーの供給に依存しないために、欧州も自前のリチウムイオン電池セル工場を持たなければいけないと考えた。それは、遠い地域から輸入する場合、何か起きて生産ラインが止まるのが心配だからである。次に、儲けの大きな部分が東アジアに持っていかれるという問題がある。そのうちに、EVシフトによる雇用喪失を心配する労働組合や政治家は別にして、メーカーで経営陣に近い人々は自前の電池セル工場の建設に消極的になる。それは、アジア勢にすっかり立ち遅れていることや、膨大な投資が必要であるからだ。また電池など原材料費が高く、自分たちで作っても利が薄いという見解もよく聞かれるようになる。さらに、現在のリチウムイオン電池から次世代に移るときにバッテリー製造を始めるべきだと考えている関係者も多いようだ。
ドイツには、思い出したように欧州の地政学的な意味を強調する人々がいるが、彼らはEUの、特にドイツ・フランスによるバッテリー製造や開発の共同事業を提案する。これまで具体的になったのは、ドイツメーカーのオペルを含むグループPSAと産業用バッテリーのサフトの共同事業である。ちなみに、サフトはフランスの国際的石油資本・トタルに属する。
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1 https://www.vda.de/de/presse/Pressemeldungen/20190204-deutscher-pkw-markt-mit-ordentlichem-start-ins-autojahr-2019.html
2 Nationale Industriestrategie 2030(国家産業戦略2030年)の10ぺージ
https://www.bmwi.de/Redaktion/DE/Downloads/M-O/nationale-industriestrategie.pdf?__blob=publicationFile
3 https://www.dw.com/de/autobauer-einigen-sich-bei-der-e-mobilit%C3%A4t/a-47999074
4 https://www.audi-press.jp/press-releases/2018/b7rqqm000000lqor.html
5 https://www.manager-magazin.de/unternehmen/autoindustrie/brennstoffzelle-robert-bosch-kuendigt-serienfertigung-fuer-elektroautos-an-a-1264936.html
6 https://ecomento.de/2019/01/17/investitionen-elektromobilitaet-weltweit/
(2019年7月4日作成)

M000305-47
(2019年7月4日作成)